立候補していた現職市長が射殺されるという異常事態の中での長崎市長選、本当の意味での選択の良否を判断するのは、新市長の市政運営の結果を待ってからであると思いますが、情実より手腕をとった日本の選挙らしからぬ今回の長崎市民の選択、見識の高さには、正直、驚きました。
話変わって、少し前に、石原慎太郎さんが東京都知事に再選されました。
石原慎太郎と言う人、歯に衣を着せない発言で物議を醸す一方で、文学者らしからぬ直情的な発言ゆえか、政治家特有の偽善的な匂いがしないのも、また事実で、その辺りが絶大な人気を支える要因の1つなのかな、などと思ったりしています。
- 石原 慎太郎
- 国家なる幻影―わが政治への反回想
読んだ感想ですが、人は自分の主義、主張の正当性を裏付けするためにある種の権威、科学的論拠を引用する事があると思います。
それ自体を否定するつもりはないのですが、石原さんの著書に限らず、彼の発言には、
「ノーベル賞をとった動物学の学者が・・・」
「大脳生理学的には・・・」
などの枕詞(前置きの言葉)が多用されており、僕にはそれが「説得的」というより、反論を意識し過ぎるあまりに権威、科学的論拠を詰め込み過ぎた、あまり手本にしたくない「ディフェンス・トーク」の印象の方を強く感じました。
書いてある内容自体、説得力のある、さすが!と思うような言葉を紡ぎだす能力を感じる部分も少なくないのですが、全編を覆う石原さんの父性の強調、大人の権威を背景にしたある種のマッチョ信仰(そして、ナルシシズム☆)には、やはり多少の違和感を覚えました。
しかし、反面、政治家と言うか為政者は、その言動が常に国民世論、大衆の批判の的になる訳で、真っ当にしようとすれば、あんな因果な割の合わない商売もないのかな、とも思ったりもしました。