■カルテルが成功すれば寡占企業が独占企業に 

山頂の山小屋が1軒であれば、独占利潤を謳歌できますが、2軒あると競争しあうので、独占利潤が謳歌出来ません。両社が合併すれば独占企業となりますが、合併は「どちらが社長になるのか」等々の問題があり、容易ではありません。

 

 それならば、両社で「ジュースは500円以下では売らない」という約束をすれば良いのです。こうした約束のことを「カルテル」と呼びます。巨大企業同士がカルテルを結ぶことは、独占禁止法に違反しますが、山頂の山小屋くらいなら、公正取引委員会も難癖は付けないでしょう(笑)。

 

 両社が同じ値段ならば、「そんなに高いなら、他の店で買う」といって客が逃げる心配はありません。あとは、「そんなに高いなら、ジュースを飲まずに我慢する」という客がどれくらい出てくるか、という問題ですね。 

 

値段を1%上げた時、販売個数が1%しか減らないなら、値上げすべきだ、と前回「独占」について記しました。同じ考え方がカルテルの値決めについても使えます。1%値上げした時の販売個数の減り方が、仕入れコストの減少等を考えても大幅すぎる、という所に至る直前で値上げを止めれば良いのです。 

 

両社が約束を守るとすれば、独占企業と同じように「独占利潤」を半分づつ分け合って謳歌出来るのです。もっとも、世の中はそれほど甘くありません。 

 

■「約束を破ると儲かる」と悪魔がささやく

 山小屋をA社、B社としましょう。A社とB社が「ジュース一本は500円」という約束をしたとします。A社は「490円で売ってB社から客を奪ってくれば大儲け出来るぞ」と考えます。

 

B社は、相手を裏切らない誠実な会社だとします。A社が誠実であれば、両社とお普通の儲けが得られますが、A社が裏切ると、B社は客を奪われて大損してしまうのです。これでは、如何に誠実なB社であっても、490円に値下げせざるを得ません。 

 

B社としては、「A社が先に裏切ったのだから、もう契約を守る必要がなくなった」と考えて、480円に値下げしてA社から客を奪って来ようとするかも知れません。そうなれば、A社が470円に値下げし、・・・と値下げ競争が続き、両社ともにカルテルによる利益を得られない(場合によっては赤字に転落する)事になりかねません。

 

 このように、両社が協力すれば両社ともに利益が得られるのに、両社が協力しないと両社ともに酷い目に遭うという事は良くある事です。「ゲーム理論」という経済学の分野で、「逮捕された犯人が共犯者を裏切って自白するか否か」という話が「囚人のジレンマ」と呼ばれて有名です。 

 

余談ですが、これは司法取引が認められている米国で作られた話で、日本では使えない話のはずなのですが、経済学者は米国で学んだ経済学を日本向けに作り直すのではなく、そのまま使っている人が多いので、日本の学生は面食らう事があります。気をつけましょう(笑)。そんなわけで、本稿では囚人のジレンマそのものは紹介しませんので、あしからず。 

 

ちなみに、A社とB社の損得を表にしておきますね。

  A社は500円  A社は490円
B社は500円 A社もB社も普通の利益 A社は大儲け、B社は大損
B社は490円 A社は大損、B社は大儲け A社もB社も小さな利益

 

■B社の戦略は3通り 

B社としては、取り得る選択肢は3つです。第1は、黙ってA社を真似することです。「とりあえず、今日は約束を守って500円で売る。今日、A社が500円で売れば、自社は明日も500円で売る。今日、A社が値引きをすれば、明日から我が社も値引きをする。」というわけです。 しかし、それならA社にその旨を伝えた方が効果的ですね。

 

「我々は、500円で売ると約束しました。今日、我が社は500円で売ります。御社も500円で売るなら、約束が守られたわけですから、明日も我が社は500円で売ります。」「しかし、もしも今日、御社が安い値段で売った場合には、我が社も対抗値下げをします。」と言うわけです。

 

 今ひとつの方法としては、B社から見えるような大きな字で看板を掲げる事です。「我が社は、この山の最安値を約束します。我が社より安く売っている店を見つけたら教えて下さい。その店の値段まで値引きしますから」と書いておくのです。それを見たB社は、「我が社が値下げをしたら、A社もすぐに値下げをするという事だな。それなら、値下げをしても仕方ないから、やめよう」と考えるわけです。

 

 家電量販店で「我が社が最安値です。我が社より安い店のチラシを持参して下さった方には、その値段でお譲りします」と書いた立て札を見た事がありますか?あれは、顧客に対して「我が社が一番安いですから、ぜひ我が社で買って下さい」というメッセージであると同時に、偵察に来ているであろうライバルに「わかっているだろうな。値下げをしたら絶対対抗値下げをするから、覚悟しておけ」というメッセージを送っているわけです。その通り書くと公正取引委員会に怒られますから、オブラートに包んだ表現にしている、というわけですね(笑)。 

 

余談ですが、他店並みに値下げをするのではなく、「チラシを持参した客だけに安く売り、チラシを持参しない客には安くは売らない」のも、一つの戦略です。客の中には「1円でも安い方が良い」という人も多いですが、「時は金なり」だから別の店まで値段を調べに行く時間が勿体無い、と考える人や、面倒な事を嫌う客もいるでしょう。そうした客にまで安く売ってやる必要はない、という事なのですね。

 

 ■安売り競争が止まらないとどうなるか 

企業の利益は、売上マイナス費用ですが、費用には固定費と変動費があります。変動費というのは、売り上げが増えると増える費用で、レストランで言えば材料費、山小屋で言えばジュースの仕入れ代金です。固定費というのはそれ以外の費用で、社員の給料等々です。山小屋の場合には、山小屋の減価償却費と、借りた建設費用の金利なども含まれます。

 

 ジュースが1本も売れないと、売り上げと変動費がゼロなので、固定費分だけ赤字になります。仕入れ値50円のジュースを500円で売ると、450円の販売数量倍だけ儲かります。これを粗利または売上総利益と呼びます。その中から固定費を差し引いた残りが利益となります。 

 

ライバルと自社が約束を守って同じ値段で売り上げを分け合っている場合には、そこそこの利益が得られますが、ライバルが我が社より安い値段で売ると、我が社は売り上げがゼロになり、固定費だけ赤字になります。そこで、対抗値下げをすることになりますが、値下げ合戦はなかなか止まりません。 

 

値下げによって利益がゼロになったとします。粗利と固定費が等しくなったわけですから、これ以上値下げをすると赤字になってしまいそうです。しかし、それでも値下げ合戦は続くかも知れません。というのは、A社にとっては、今より10円安く売ってB社の客を全部奪ってこれれば黒字になりますから。しかし、そうなるとB社も値下げをするので、両社とも赤字になります。それでも止まりません。

 

 結局、「ライバルが仕入れ値プラス2円で売っている時、我が社が仕入れ値プラス3円で売って客が来ないよりは、仕入れ値プラス1円で売った方が損が少なくて済む」と考えて仕入れ値プラス1円まで値下げをし、ライバルも同様に値下げをする事で、値下げ競争が止まります。 

 

もちろん、本当に仕入れ値プラス1円で売っているケースは多くありません。どちらかが倒産するか山小屋を畳んで撤退するかでしょう。そうなれば、残った方は独占利潤を謳歌できますから、「大儲けか倒産か」という熾烈な戦いになりかねませんね。 もちろん、そうなる前にどこかで両社が手を結んでカルテルを組み、安値競争を終える可能性もあるでしょうが。 

 

山小屋の場合、両社が高く売っても安く売っても、両社合計の売り上げ数量はあまり変わりませんから、安売り競争がどこまでも続く可能性があるわけですが、牛丼チェーンの安売り競争であれば、ラーメン業界から客を奪って来て両社ともに満席になった時点で安売り競争が止まります。もちろん、今度はラーメン屋が安売りを仕掛けてくる可能性がありますが(笑)。 

 

ライバルが並んで出店しているガソリンスタンドなどは、安売りが止まらない可能性があると言われています。もっとも、本当に安売り合戦がはじまるのか、止まらないのかは、様々な状況によるので、ガソリンスタンドが並んでいれば必ず安売り合戦が起きるというわけではありません。ご注意ください。 

 

今回は、以上です。なお、本稿は厳密性よりもわかりやすさを優先していますので、細部が不正確な場合があります。事情ご賢察いただければ幸いです。

 

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