■需要と供給が等しい所に価格(=値段)が決まる

イモの市場があるとします。「少し空腹だから、100円で買えるなら買いたい」という人が1人、「かなり空腹だから、200円出しても買いたい」という人が1人、「すごく空腹だから、300円出しても買いたい」という人が3人います。結局、「100円なら買いたい」人は5人いるわけですね。

 

一方で、市場の近くの農家で「100円なら売っても良い」という人が3人、市場からすこし遠い農家で「200円なら売っても良い」という人が1人、市場から遠くて「300円でないと売りたくない」という人が1人います。結局「300円なら売っても良い」という人は5人いるわけですね。

 

イモの取引は、1人1個だけだとすると、イモの値段はどうなるでしょうか。200円なら、買いたい人が4人、売りたい人が4人なので、4組のペアができて取引が無事成立ですね。

 

では、300円ではどうでしょうか。買いたい人が3人、売りたい人が5人ですから、3組のペアが出来ますが、仲間はずれが2人出てしまいます。すると、仲間はずれの1人が「私なら290円で売りますから、他の人から買わずに私から買いませんか」と言い出します。すると、別の人が「私なら280円で売りますよ」と言い出し、値段が次第に下がっていきます。200円になったところで無事終了です。

 

100円の場合も、「私なら110円で買います」という人が出て、同様に200円になると無事終了します。つまり、イモの値段は買い注文の量(需要と呼びます)と売り注文の量(供給と呼びます)が等しくなった所(今回は200円で4個)に決まるのです。

 

■不作なら値上がり、豊作なら値下がり

翌年、イモが不作だとします。市場の近くの農家で「100円なら売っても良い」という人が1人、市場からすこし遠い農家で「200円なら売っても良い」という人が1人、市場から遠くて「300円でないと売りたくない」という人が1人います。結局「300円なら売っても良い」という人は3人いるわけですね。

 

買い手の状況が変わらなければ、売り注文と買い注文の数が等しくなるのは300円で3個ですね。つまり、イモが不作だと、イモが値上がりする、というわけです。

 

興味深いのは、不作だと農家の収入は300円の3倍の900円になり、前年(200円の4倍の800円)より増える、という事ですね。不作だと、イモがとれずに悲しんでいる農家もいるのでしょうが、農家全体としては、むしろ儲かっている、という事もあるのですね。

 

翌年、イモが豊作だとします。市場の近くの農家で「100円なら売っても良い」という人が5人、市場からすこし遠い農家で「200円なら売っても良い」という人が1人、市場から遠くて「300円でないと売りたくない」という人が1人います。結局「300円なら売っても良い」という人は7人いるわけですね。

 

買い手の状況が変わらなければ、売り注文と買い注文の数が等しくなるのは100円で5個ですね。つまり、イモが豊作だと、イモが値下がりする、というわけです。

 

この場合も、豊作だと農家の収入は500円となり、平年作や不作の年より少なくなってしまいます。もちろん、必ずそうなるとは限りませんが、この村ではそうなる、というわけですね。経済って、面白いですね。

 

■実需以外にもバクチ打ちが大勢いれば「美人投票」の世界

さて、イモを作った農家や空腹の消費者の注文は、実需と呼ばれます。実際にイモを食べたい、といった事だからです。しかし、世の中には色々な人がいます。来年の不作が予想される時には、バクチ打ちが「イモは値上がりしそうだから、今のうちにイモを買っておいて、値上がりしたら高値で売って儲けよう」と考えるかも知れません。そうなると、今年のうちからイモが値上がりするかも知れません。

 

イモは保管しておくのが面倒ですから、バクチ打ちが買うとしても限られているでしょうが、ドルや株などは保管が容易ですから、バクチ打ちの注文(投機家の仮需などと呼ぶ事もあります)で値段が変化する事もあります。

 

余談ですが、原油などは「先物市場」というものがあり、「来年の原油」を売ったり買ったりする事ができるのです。「今の値段で来年になってから原油を売る(買う)約束」をするのです。これなら保管の心配はありませんね。原油が値下がりしそうだと思う投機家は今の値段で先物を売っておき(来年になってから今の値段で原油を売り渡す約束をしておき)、来年になって実際に原油が安くなった時にアラブの王様から原油を買い、先物取引の相手方に「はい、約束の原油です」と渡せば今の高い値段で買い取ってくれるわけですね。実際のプロたちは、もっと色々便利な事をしているようですが。

このように、実需以外のバクチ打ちが増えてくると、価格が「美人投票」のように決まる場合があります。これはケインズの言葉で、くわしくはケインズを取り扱った回に記しますが、「D社の株が値上がりしそうだという噂が流れると、皆がその株に買い注文を出すので、実際にD社の株が上がる。したがって、株の短期売買で儲けたいと思えば、会社自体を分析するより市場の噂を調べた方が勝率が高くなる」という事です。

 

 

■ガソリンの値段はニューヨークで決まる

ガソリンの値段は、ガソリンスタンド(を運営している会社)がコストに利益を上乗せして決めています。主なコストはアラブの王様に払う原油代金ですが、これはニューヨークの原油先物市場で決まっています。アラブの王様との間で、「原油を毎月タンカー一杯分買う。値段は、原油先物市場で決まった値段とする」といった約束がなされている場合が多いからです。

 

原油先物市場で決まる原油の値段は、ドル建てです。原油1リットルが1ドルです、といった具合です。そうなると、ガソリンスタンドは円をドルに替えてアラブの王様に送金しなければなりません。そのドルの値段も、主にはニューヨークで決まっているのです。

 

ガソリンスタンドは、ニューヨークで決まった値段で円をドルに替え、ニューヨークで決まった原油の値段でドルを原油に換え、それを日本に運んで精製してガソリンスタンドに運び、ガソリンスタンドの従業員の給料などを払い、ガソリン税を上乗せし、多少の利益を上乗せして顧客に売るわけです。

 

精製の費用等々は、それほど変動しませんから、ガソリン価格が上下する主因はニューヨークでのドルや原油の値段の変化だ、という事になります。

 

ガソリンの価格は需要と供給で決まるのでは無いのでしょうか?いいえ、需要と供給で決まります。ただ、ガソリンスタンドの供給は、「この値段で買いたい人がいれば、売る」ということなので、需要と供給が一致する値段は、必ず「この値段」なのです。

 

ガソリンの値段に興味のある読者は、拙著 『一番わかりやすい日本経済入門』 も併せてお読みいただければ幸いです。

 

■「一物一価の法則」は経済学の限界だが・・

一物一価の法則という言葉があります。世界中どこでも同じものの値段は同じだ、という事です。今はインターネットの時代なので、世界中の人がニューヨークの原油先物市場や外国為替市場に売り注文や買い注文を出しています。したがって、世界中の原油の値段やドルの値段は同じだ、と言って良いでしょう。ドルは運搬コストがかからないので、本当に同じですね。原油は、運搬コスト分だけ場所によって値段が違いますが、まあ誤差の範囲だと考える事にしましょう。

 

ただ、たとえばリンゴの値段は、青森県と沖縄県とニューヨークでは、全く異なります。これは、リンゴは運搬コストがかかりますし、途中で腐る可能性もある事によります。ニューヨークの消費者がインターネットでリンゴの取引市場に注文を出す事もないでしょう。したがって、値段が全く異なるわけです。経済学は現実を上手に説明できていないのです。

 

そうは言っても、一物一価の法則という言葉には、多少の意味はあります。ニューヨークのリンゴの値段が青森の10000倍だったら、青森でリンゴを買ってニューヨークに売りに行く人が出てくるため、ニューヨークのリンゴが値下がりするからです。そういう方向の力が働くのだ、という事が重要なのです。

 

経済学は、数多くの単純化の仮定を置いていますから、現実離れした事が経済学の教科書には数多く登場しますが、経済学を学ぶ時には広い心を持って、「そうなる」のではないが、「そういう方向の力が働く」という事だと理解しておきましょう。

 

今回は、以上です。なお、本稿は厳密性よりもわかりやすさを優先していますので、細部が不正確な場合があります。事情ご賢察いただければ幸いです。

 

 

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