「教室が寒い」という学生がいても、クーラーを切る前にアンケートをとるべきです。直ちにクーラーを切ると、黙っていた学生たちが「暑い」と言い始めるかもしれないからです。

 

 

 

■低金利で困っている人だけが声を出す

 

昔、ある政治家に高齢者が陳情しました。「低金利だと金利生活者が苦しいので、金利を上げて欲しい」というのです。それを聞いた政治家は、「もっと金利を上げるべき」と発言したのです。金利は日銀総裁が決めるので、政治家が金利に口を出すのは越権行為なのですが、その問題は忘れておきましょう。

 

 

 

政治家の発言を聞いた選挙区の中小企業が、怒鳴り込みに来ました。「金利を上げたら、中小企業の経営が成り立たない」というのです。彼等は、低金利に満足していたから黙っていたのであって、金利に関心が無かったわけではないのです。

 

 

 

政治家としては、低金利に不満を言う陳情者がいたら、「黙っている有権者は低金利に満足しているかも知れない」と考えてみるべきだったのです。言うは易く、行なうは難し、ですが。

 

 

 

■円高時は輸出企業が、円安時は輸入企業が声を出す

 

円高(=ドル安)になると、輸出企業が声を出します。「円高で我が社は赤字だ。ボーナスは出せない。部品会社にも値下げしてもらわないと」というわけです。一方で、輸入企業(輸入減材料を多く使う企業、以下同様)は黙っています。「円高で材料費が浮いて儲かって仕方ない」などと言うと、社員から賃上げ要求が、部品会社から値上げ要請が来るからです。悪くすると税務署も来るかも知れませんし(笑)。

 

 

 

そうなると、人々の声を聞いている人には「円高で輸出企業が打撃を受け、日本経済は大不況だ」と感じられます。実際には、日本は輸出と輸入が大体同じ金額なので、輸出企業が苦しい分だけ輸入企業が助かっているのですが、聞こえて来る声だけから判断すると、そうは感じられないのです。

 

 

 

時が流れ、ドル高円安になると、今度は輸入企業が「円安で我が社は赤字だ」と声を出し、輸出企業は黙りますから、聞こえて来る声だけから判断すると、円安でもやはり日本経済は大不況だと感じられるわけです。そんなはずはありませんね。

 

 

 

■マスコミも評論家も悲観論が好き

 

問題を難しくしているのは、マスコミも儲かっている会社より苦しい会社に取材に行くことです。一つには声を出している会社は目に付くので取材対象になりやすい、という事がありますが、今ひとつには「日本人は、問題点を指摘する記事を好むから、情報の発信は問題点の指摘に重点を置く」という事もあるのです。

 

 

 

「声は出していないが、円高で助かっている会社もあるから、日本経済は大丈夫だ」というよりも、「円高で日本経済に大試練」という記事の方が読まれるからです。筆者の経験でも、「大丈夫」という題名より「危機が来るのか?」といった題名の方が読まれますから、間違いありません(笑)。

 

 

 

さらに、経済評論家がこれを増幅します。「問題ありません」というより「こういう問題があり、将来的にもこういうリスクがあります」という方が、賢そうに見えますし、話にもバラエティーがあります。「幸せな経済はみな一様に幸せであるが、不幸な経済は其々に不幸である」ため、リスクのシナリオはいくらでも思いつく事が容易なのです。

 

 

 

悲観的な見通しを述べた場合、外れても怒られません。外れた場合は皆がハッピーですから。まして、リスクシナリオを列挙しておいて、それがいずれも実現しなかった場合には、「リスクを指摘しただけですから」と言えば良いのです。しかも、マスコミに登場する確率は楽観論を述べるより高くなります。

 

 

 

つまり、そもそも発信される情報が悲観的なものに偏っていて、評論家がそれを増幅し、マスコミが更に増幅しているということになります。そうだとすれば、情報の受け手が「この情報は、真実よりも悲観的な方向にバイアスがかかっているに違いない」と思いながら慎重に「復元処理」をする必要があるのです。

 

 

 

■農産物自由化が検討されると、反対派だけが声を出す

 

政府がTPPなど、農産物輸入自由化を検討しはじめると、農業関係の人々は大声で反対しますが、都市部の住民は声を出しません。政府が前向きに検討しているという状況に満足しているからです。「政府が検討を止める」と言えば文句を言うかもしれませんが、それまでは黙っているわけです。

 

 

 

もっとも、農産物輸入自由化については、特殊な事情も影響しています。一つは、自由化により多くの人が少しメリットを受け、少数の人が大きなデメリットを被るということです。筆者を含めた多くの非農業従事者は、小さなメリットのために賛成運動をするインセンティブが小さいですが、農業従事者にとっては深刻な問題なので、必死に反対する、というわけです。

 

 

 

今ひとつ、農産物の問題が特殊なのは、「一票の格差」との関係で、農業関係者の票が国会議員の当落に影響しやすいのです。戦後ほぼ一貫して、農村から都市へ人口移動が続いてきましたが、そのたびに選挙区の区割りを見直しているわけではないので、どうしても与党も野党も農村部の意見に耳を傾けるインセンティブを持ってしまっているのです。

 

 

 

 

 

【参考記事】

 

■株価を上げた「黒田マジックの偽薬効果」が減衰 (塚崎公義 大学教授)

 

http://sharescafe.net/48963054-20160701.html

 

■金融緩和で物価を上げるのは無理なのか? (塚崎公義 大学教授)

 

http://sharescafe.net/48919755-20160624.html

 

■危機時に円が買われる真因は、過去の経常収支黒字 (塚崎公義 大学教授)

 

http://sharescafe.net/48952109-20160629.html

 

■アベノミクス景気は謎だらけ(塚崎公義 大学教授)

 

http://sharescafe.net/48918008-20160624.html

 

■株価が下がるほど売り注文が増える恐怖 (塚崎公義 大学教授)

 

http://sharescafe.net/48993614-20160706.html