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アベノミクスにより、大幅な円安になりましたが、輸出数量は増えず、輸入数量は減らず、円安の景気刺激効果は今ひとつです。今回は、その理由を考えてみましょう。

前半は、経済初心者向けの解説です。一般の方は、飛ばしていただいても結構ですが、よろしければ復習のために一読していただければ幸いです。

■円安だと輸出数量は増えるはず・・・経済初心者向け
アベノミクスにより、為替相場が大幅な円安ドル高になりました。1ドルが80円から120円になったので、日本人から見るとドル高ですが、米国人から見ると円が安く買えるようになったので、円安です。数字が増えるのに円安と呼ぶので、注意が必要です。

通常は、円安になると日本の輸出数量は増えます。輸出価格が円で契約されている品目については、外国の輸入者にとってドル建て価格が値下がりしたことになりますから、国産品を日本製品に置き換えるインセンティブが生じるからです。120円の品物は輸入者にとって、1.5ドルから1ドルに値下がりしたわけですから、国産品が1.2ドルであれば、日本製品に乗り換えるでしょう。

輸出価格がドル建てで契約されている場合には、直ちには変化は生じませんが、通常は日本の輸出企業がドル建ての輸出価格を引き下げて、輸出数量を伸ばそうとするでしょう。1ドルの品を輸出して、従来は80円にしかなりませんでしたが、今は120円になるわけですから、たとえば0.9ドル(=108円)に値下げして売上数量が大きく増えるのであれば、是非ともそうするでしょう。

輸入数量は、反対に減るはずです。1ドルの輸入品が、80円で売られていたのに120円に値上がりするわけですから、国産品が100円であれば、消費者は輸入品から国産品に乗り換えるはずだからです。

■輸出金額よりも輸出数量を論じる理由は?・・・経済初心者向け
円安ドル高になっても、輸出も輸入も、数量が変化せず、ドル建て価格も変化しないとします。輸出企業は受け取ったドルが高く売れて利益が増えますが、輸入企業(輸入原材料を多用している企業)は輸入コストが膨らんで利益が減ります。日本は輸出入の金額が大体同じなので、輸出企業の利益増と輸入企業の利益減が大体同じです。したがって、この効果は個別企業を見る際には重要ですが、日本経済全体に与える影響は大きくありません。ですから、日本経済全体を見る場合には、あまり注目度が高くならないのです。

一方、円安ドル高によって、輸出数量が増えれば、輸出企業の国内生産が増え、輸出企業が雇用を増やすので、国内の失業者が減るでしょう。輸入数量が減れば、それによって輸入品から消費者を取り戻したメーカーが生産を増やすので、やはり雇用が増え、失業者が減るでしょう。国内生産が増えれば、そのための工場増設投資も行われるかもしれません。つまり、輸出入数量の変化は、国内生産量の変化を通じて景気に大きな影響を与えるのです。

■日銀の実質輸出入とは何か・・・経済初心者向け
貿易統計の輸出入数量は、各品目の輸出量を単純に数えたものです。実際には、それを指数化してあるので、「重要な品目が増えた一方で重要でない品目が減った場合には、指数は増えたことにする」といったルールで計算されています。

一方、日銀の実質輸出入は、輸出入金額を輸出入物価指数で割って求めています。「従来は1万円の中級品が輸出されていたが、今月は2万円の高級品が輸出された」という場合には、輸出金額は2倍になっており、物価が上がったわけではないので、実質輸出は2倍に増えたと計算されるのです。

したがって、従来よりも高級なもの、付加価値の高いものが同じ数だけ輸出された場合、貿易統計では横ばい、実質輸出は増加、という乖離が生じることになるのです。

■円安なのに輸出数量が増えていない
アベノミクスによる円安から3年以上経過しているのに、一向に輸出数量指数が増えて来ません。これは不思議なことです。輸出企業にとっては、国内工場の稼働率に余裕がある限り、ドル建て輸出価格を若干値下げして輸出数量を増やすインセンティブがあるはずですし、そうでなくとも海外の輸入者が日本に買い付けに来ればアベノミクス前より何割も安く買えるのですから、輸出数量は大幅に増える筈なのです。

これに対しては、日本の製造業がアベノミクス前の円高期に海外に工場を移し、または移す計画を立てたので、計画が実行されて海外生産が始まり、国内からの輸出が減った、という説明がなされています。たしかに、そうした面はあるでしょうが、円高期に計画された海外工場は既に3年の間に稼働を始めているでしょうから、最近になっても輸出数量が増え始めていないのは、やはり不思議なことです。

日本企業が現在の円安を一時的だと考えていて、生産を国内に戻すことに慎重だ、という見方もあります。これも、日本の輸出企業が長年にわたって円高に苦しめられてきたトラウマから抜け出せていないとすれば、あり得る話です。特に、昨今の円高によって、「やはり円安は一時的だったのだ」と考える経営者が増加していても不思議はありません。今後の推移が注目されるところです。

日本経済は少子高齢化で長期的に衰退するので、成長が見込まれる海外市場を視野に、円安でも生産の海外移転を進めざるを得ない、という企業もあると思われます。消費地としての日本市場の縮小ということに加えて、少子高齢化による労働力不足の深刻化が予想されることも、製造業の海外移転を促す要因となっているのかも知れません。

今一つ、別の観点から輸出数量が増えていない理由として、「前回の円高の時に、輸出企業は輸出数量を減らしたくないのでドル建て輸出価格を据え置いた。したがって、今次円安局面でも、ドル建て輸出価格を引き下げることが出来ず、輸出数量が伸ばせない」という要因もあると言われています。

■輸入数量が増えていないのは更に不思議
輸出数量は、輸出企業の価格戦略等々にも影響されますから、円安でも増えない理由が上に指摘されていますが、輸入数量が増えていないことは、更に不思議なことです。輸入数量は、単純に消費者が「円安で輸入品が値上がりしたから、輸入品から国産品に乗り換えよう」と考えれば変化するはずだからです。
そうなっていない事の説明として思い当たるのは、日本企業が国産品を高付加価値品に絞っているので、輸入品と国産品の棲み分けが明確だ、という可能性です。
たとえば普段着は国内では生産しておらず、全量輸入しており、フォーマルな服だけを国内で生産しているとしましょう。円安で普段着が値上がりしたとしても、国内消費者は国産普段着を買うことが出来ず、国産フォーマルドレスに乗り換えるわけにもいかず、結局値上がりした輸入普段着を買わざるを得ない、という事が起こり得るのです。

■日銀の実質輸出入が増えている事をどう説明するのか
財務省の貿易統計によれば、輸出入数量は円安でも変化していませんが、一方で、日銀の実質輸出入の統計を見ると、輸出入とも緩やかな増加となっています。

両者の主な違いは、輸出入品目の品質向上、高付加価値化などが生じた時に、貿易統計の輸出入数量は変化しないけれども、日銀の実質輸出入は増加する、という点です。つまり、両者の動きが異なっていることで、「我が国の輸出入品が、少しずつ高品質、高付加価値なものにシフトしている」ということが推察できることになります。

輸出品はともかくとして、日本の消費者が購入している品が高度化している理由は特にないので、おそらくは日本の輸出企業の工場移転が原因でしょう。例えば、従来は「中付加価値品と高付加価値品」を国内で生産し、両者を輸出していたとします。低付加価値品は国内では生産せず、全量輸入していたとします。

企業が「中付加価値品」の生産工場を海外に移転したとすると、輸出品は「高付加価値品だけ」になりますし、輸入品は「低付加価値品と中付加価値品」になります。これにより、輸出も輸入も従来より高付加価値化が進みます。すなわち貿易統計の輸出入数量は増えずに日銀の実質輸出入だけが増加している事が説明できるのです。

【参考記事】
■金融緩和で物価を上げるのは無理なのか? (塚崎公義)
http://sharescafe.net/48919755-20160624.html
■危機時に円が買われる真因は、過去の経常収支黒字 (塚崎公義)
http://sharescafe.net/48952109-20160629.html
■アベノミクス景気は謎だらけ(塚崎公義)
http://sharescafe.net/48918008-20160624.html
■英国のEU離脱でも世界経済は大丈夫 (塚崎公義)
http://sharescafe.net/48894942-20160622.html
■英国のEU離脱に関して聞こえて来る話は、論者たちの本心よりも悲観的 (塚崎公義)
http://sharescafe.net/48951151-20160628.html



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