(要旨)
・景気を語る人々は、エコノミスト、マーケット・エコノミスト、経済学者に大別されます。それぞれ大きく異なっているので、その違いを知った上で、「この情報は、どういう人が発しているのか」を考えながら読むことが重要です。


(本文)
・筆者の仕事は、景気を予測すること
 筆者は、銀行の調査部で景気予測の仕事をしてきました。「来年の景気を知ることで生産計画や設備投資計画の参考にしたい」、という御客様の要望に応えるためです。もちろん、銀行自体の需要予測(借入申込が増えるか否か)という意味もありましたが。
 これは、純粋に景気を予測する仕事で、数多くの経済指標等々から長年の経験と勘をフル活用して総合的な判断を下すわけです。経済学の知識も少しは使いますが、経済は複雑ですから、経済学の単純化されたモデルが応用できる分野は少ないのです。
 筆者のような仕事をしている人は、「エコノミスト」と呼ばれます。株や為替の市場参加者にとっては、「ファンダメンタルズ」と言われるものを見つめている人、という事になります。

・マーケット・エコノミストは、株価等の予測のために景気を観察
 筆者の仕事と似て非なる物として、マーケット・エコノミストという仕事があります。これは、株や為替の取引をする人の参考のために経済指標等々を観察し、解説し、予測する仕事です。
目指している物が違うので、観察対象も表現手法も大きくことなります。どちらが正しいとかいう事ではなく、どちらも目的のために合理的なのです。
 ただ、情報の受け手としては、情報発信者が誰を想定読者として情報を発信しているのかを理解しておく必要があります。最も簡単な見分け方は、金融政策についての記述が多い人はマーケット・エコノミストであり、少ない人はエコノミストだ、というものです。

・ 観察対象の「選択と集中」がマーケット・エコノミストの特徴
 エコノミストとマーケット・エコノミストの最も大きな違いは、観察対象です。株やドルは、「人々が上がると思うと買い注文が増えるので実際に値上がりする」という性格があります。したがって、株やドルで儲けようと思えば、他の市場参加者がどう考えているかを読み解く必要があります。その際に重要なことは、他の市場参加者が何を見て行動しているか、ということです。
 ケインズの美人投票という言葉があります。ケインズ時代の美人投票は、優勝した候補者に投票した審査員も賞品がもらえたので、審査員たちは「自分が美人だと思う候補者よりも優勝しそうな候補者に投票した」のです。それと株式市場が似ている、ということです。その場合、他の審査員がどこを見ているのかが重要になります。他の審査員が「目の輝きが重要だが、鼻の形は重要ではない」と考えている時に、自分だけ候補者の鼻を観察していては、賞品にありつけません。そこで、他の審査員が注目している所に自分も注目する必要があるのです。
 株式市場でも為替市場でも同様です。市場参加者は米国の雇用統計や各国の金融政策に強い関心を示しているので、投資家たちはそこを注目する必要があるのです。
 筆者たちエコノミストにとっては、米国雇用統計は数百ある経済指標の一つでしかありません。しかし、マーケット・エコノミストに取っては、圧倒的に重要な指標なのです。筆者が駆け出しのエコノミストだった頃、米国雇用統計にだけ異常に関心を示している同業者が数多く存在していることに違和感を持ってみていましたが、今思えば彼等は同業者ではなかったのですね。
 筆者たちエコノミストにとっては、金融政策は更に重要度が下がります。「金利が0.25%上がったから設備投資を控えよう」などと考える企業は希だからです。しかし、金融市場は金融政策で大きく動くので、マーケット・エコノミストにとっては金融政策の予測は再重要業務の一つなわけです。

・反応の素早さもマーケット・エコノミストの特徴
 エコノミストは、景気の大きな流れを見極める事が仕事ですから、一つの統計を見て一喜一憂しないように訓練されています。統計は時として振れるので、何か月か悪い数字が続いて初めて「景気の大きな流れが変わったのかも知れない」と考えるわけです。
 一方で、マーケット・エコノミストは市場の動きに先んじて素早く発言しなければならないので、統計が発表されると直ちにコメントする必用があります。そこで、良い数字が出れば「景気は強いから金融引き締めがありそう」と発言し、翌月に悪い数字が出れば「金融引き締めは先送りになりそう」と発言したりするわけです。
 これをエコノミストたちは「節操がない」と批判します。「雨が降ると洪水が心配だと騒ぎ、雨が止むと水不足が心配だと騒ぐようだ」というわけです。一方でマーケット・エコノミストはエコノミストの事を「悠然としすぎている」と批判します。「堤防が決壊してから初めて洪水が心配だと言い始める」というわけです。

 為替レートが110円プラスマイナス5円の範囲で推移しているとき、エコノミストは「為替レートは概ね安定」と考えます。10円程度の幅であれば、輸出入や景気に大きな影響はないからです。一方で市場関係者やマーケット・エコノミストは、「為替レートは10円の値幅で乱高下している」と考えます。このあたりは、感覚の違いとしか言いようがありませんね。

・経済学者は理論を研究する
 エコノミスト、マーケット・エコノミスト以外にも、景気について語る人がいます。経済学者です。チョッと紛らわしいのは、彼等も自分のことをエコノミストと呼んでいることですが(笑)。
経済学者の仕事は、経済学理論を研究することです。景気が変動するのはなぜか、と言った事も研究対象になっています。ただ、経済は複雑すぎて、現在の経済学では到底説明出来ません。100年後には、経済学が経済を説明できるようになっていると期待していますが。
 物理学の基本は、「引力がなければ投げた球はまっすぐ飛んでいく」というものです。その応用として「実際には引力があるので・・・」となるわけです。
 経済学も、「人々が合理的に行動するとすれば・・・」というのが基本です。応用は「実際には人々は合理的に行動しないので、・・・」というものです。応用編に進むためには、心理学とのコラボレーションが必要で、その試みが既に始まっています。「行動経済学」という分野です。これが発展することを祈っています。
 そうしたわけで、エコノミストは経済学をあまり重視していません。そこで経済学者はエコノミストを「経済学理論を知らない勘ピューター」と呼びますが、一方でエコノミストは経済学者を 「理路整然と間違える人々」と呼びます。
 こうした違いも、どちらかが正しいということではなく、正しい景気情報を得るという目的に向かう道が異なっている、というだけのことです。山に登るために、違う登山口から違う道を通っていますが、将来は山頂で合流できると期待している次第です。
以上



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