「自分、仕事するのポリシーに反するんですよ。」
彼はそう言って、なぜか少し誇らしげに笑った。
最初は冗談かと思った。
だって、川で魚を獲り、
薪を割り、
雑草を味見して
「これ、なかなかうまいっすよ」と評価している人だ。
十分、働いている。
ただし“会社以外で”。
朝から自然相手にフル稼働している人が
「自分、働けないんですよ」と言う。
定義が違いすぎる。
彼にとって“仕事”とは、
時間と自由を差し出すことらしい。
自然相手ならいい。
でも組織相手は違う。
長期で働けないとも言っていた。
でもそれは、能力の話には聞こえなかった。
川の魚を待てる人だ。
忍耐力はある。
5トン級のいけすを
3020円で作る計算力もある。
やろうと思えば、
たぶん普通に働ける。
やらないだけだ。
バイトもあるし、制度もある。
でも彼は選ばない。
困っていないから、ではなく
困る方法も含めて選んでいるように見える。
社会の中で安定を作る私からすると
それはちょっとスリリングだ。
でも同時に、少し清々しい。
もし彼がある日、
「やっぱり働いてみようかな」
と言い出したら?
私はたぶん、
「どこで!?制服ある!?スーツ!?」
と騒ぐだろう。
そしてその理由を、
誰よりも真面目に聞くと思う。
彼の生活は極端に見える。
でも実はシンプルだ。
彼は、
働かないのではなく、
働き方を選んでいる。
今日もきっと、
会社ではなく川へ出勤しているはずだ。