皆さんこんにちは✨
ひまわりです🌻🌈
最近、ある人に起きているある変化がきっかけで、過去のわたしのことを思い出すことがありました👩
現在は、過去の解釈は変わっているので、特にこのことをこの場でお話することはないと思っていたのですが…、
もしかしたら、
いま絶望している誰かが何処かにいたら、この話も役に立つことになるかもしれないと思い、ふと今書かなければならない気になりまして、こうして文字に起こしています…✏️
わたしのライトな自己紹介は、一番最初の記事に書かれていますが、もう少しだけ掘り下げたひまわりを覗いてみたいという方は、ぜひこの記事を読み進めていただけたら嬉しいです🌻✨
過去の話をしようか
ひまわりさんは何でもそつなくこなすように見える。
ひまわりさんはいつも元気で明るいね。
と、よく人に言われるのですが、
そんな私でも、
「あぁ、わたしの人生終わったなあ」と、
途方にくれていた時期がありました。
燃焼しているつもりもなく、仕事に全力投球して、
ある時ぱったりと動けなくなったのです。
こびれつくような頭痛とめまいに襲われて、座っていることもままならなくなり、寝たきりになりました。
24歳の時です。
まだまだこれからだというのに、訳もわからず
急に選手生命を絶たれたどころか、
人生まで奪われたような気持ちでした。
四六時中襲われる痛みと辛さや、何もできない惨めさに、押しつぶされては、何度もボロボロに泣いてしまうような、そういう数年間を過ごして来たのです。
人生をゲームのようにやり直せたらいいのに!と、どれだけ思ったことか。
そんなことが可能だったら、確実に、迷わず即リセットボタンを押してしまっていました。今までのセーブデータを消して、全て一からプレイし直していたと思うのです🎮
ぐちゃぐちゃに混ざったゴミを後から分別して整理するよりも、始めから分別された状態にして捨てる方が簡単なのと同じで、
The ENDのような状態から復活させるよりも、ゼロからやり直す方がよっぽど簡単だからです。
コーディングもそうです。バグだらけのコードを修正していくよりも、ゼロからもう一度書き直すほうが、よほど簡単です。他のことに置き換えても、リメイクやリサイクルよりも、ゼロから作ってしまう方が返ってエネルギーがかからなかったりすることってありますよね。
あー、やり直したい。やり直したいと思いながら、沢山の後悔をしていました。
こんなに痛みだけの毎日なら、死んでしまった方が楽だとも思いました。
…
でも。
死にたいと思ったことは、
一度もなかったのです。
絶不調の体でただただ生きて、家族にも迷惑をかけて、こんなに毎日痛いだけなのに、苦しくて惨めなだけなのに、そこまでしてわたしが生きる意味って何だろうと、自分に問いを立てたのです。
理由は一重に、
「それでもわたしはまだ息をしているから。」
細胞一つでも、生きたいと言うのなら、
このゲームから勝手に降りてはいけない。
それがわたしが生まれてきたこの世界のルールであると。ただ、わたしがそう感じたからです。
ある意味瞑想状態のように意識をぼやけさせておかないと、痛みや辛さで苦しかったし、苦しいと心も感情も荒れてしまうという連鎖が起きるので、強制的にぼやっとさせた意識でいるしかなかったのですが、
逆に、その意識状態でいたからこそ、
「あー、わたしはそれでも今、息をしている」
「わたしはそれでもちゃんと、今生きている」
ということに気づくのでした。
究極、もしこのまま、自分の命がなくなって消えてしまうとしたら、どうだろうと、ぼーっと天井をみながら思ったこともありました(消えてしまわないんですけどね笑)。
でもその時、
「いや、まだだ」って、声が聞こえる気がしたんです。
「あなたにはやるべきことがあるでしょう。果たすべきことがあるでしょう」って。
それが何だかはわからないのに、なにか「ある」という感覚だけは、確かなことだと、細胞全てがそのことに全力で肯定して頷くような感覚になる、
考えとして植え付けられたものではなくて、「魂がそう言っている」としか表現できないような、そんな感覚になるのでした。
だから、「それ」を見つけて遂行することだけは、具合が良かろうと悪かろうと、自分がどんな状態であろうとやらなければならないと思ったのです。
それだけは、やってから死んでいかなければ後悔するような気がしてならなかったのです。
ある意味それが、かつての私にとって命と天秤をかけられるくらいの大事なゴールであり、今でもそのように思っています。
*****
今どこかで、何かに苦しんでいる人がいるかもしれません。でもそれは、絶対に、誰が何と言おうと、あなたにとってのギフトだよと、私は言いたいのです。🎁
私にとってあの頃は、本当に地獄であり、苦行のようでしたが、それでも、自分の内側からだけど自分自身ではない、そういう「未来の自分」の声に耳を傾け続けることができたから、その時はそうでなくても、本当にそうなのかわからなくても、時々乱れながらも、なんとか軌道修正して、今の私に出会うことができたのです。
あの頃がなかったら、見えないものを取り扱う立場の人間になることもなかったと思います。
世界の可視できるほんの一部だけを見て、それが世界だと信じて、今もなお生きていたと思うのです。
何かに絶望していたり苦しんでいる人へ✉️
絶対に諦めないでください。
大丈夫です👌✨
『渡良瀬川』
最後に、私が寝込んでいた時期に、
母が貸してくれた星野富弘さんの本に書いてあった『渡良瀬川』という詩をシェアさせていただきます👇
大変感銘を受けて、自分の気付きにうわああっと繋がって、涙が流れた詩でした🥲✨
※星野富弘: 詩人・画家。体育教師として赴任した中学校でクラブ活動中に、頸髄損傷を負う。首から下の運動機能を失うが、口に筆をくわえて詩を書き絵を描く。詩画や随筆は教科書にも掲載され、全国で「花の詩画展」を開催している。
*****
『渡良瀬川』
私は小さい頃、家の近くを流れる渡良瀬川から大切なことを教わっているように思う。
私がやっと泳げるようになった時だから、まだ小学生の頃だっただろう。ガキ大将達につれられて、いつものように渡良瀬川に泳ぎに行った。
その日は増水して濁った水が流れていた。
流れも速く、大きい人達は向こう岸の岩まで泳いで行けたが、私はやっと犬かきが出来るようになったばかりなので、岸のそばの浅いところで、ピチャピチャやって、ときどき流れの速い川の中心に向かって少し泳いでは、引き返して遊んでいた。
ところがその時、どうしたはずみか中央に行きすぎ、気づいた時には速い流れに流されていたのである。
元いた岸の所に戻ろうとしたが流れはますます急になるばかり、一緒に来た友達の姿はどんどん遠ざかり、私は必死になって手足をバタつかせ、元の所へ戻ろうと暴れた。
しかし川は恐ろしい速さで私を引き込み、助けを呼ぼうとして何杯も水を飲んだ。水に流されて死んだ子供の話が、頭の中をかすめた。
しかし同時に頭の中にひらめいたものがあったのである。それはいつも眺めていた渡良瀬川の流れる姿だった。
深い所は青青と水をたたえているが、それはほんの一部で、あとは白い泡を立てて流れる、人の膝くらいの浅い所の多い川の姿だった。
たしかに今、私がおぼれかけ、流されている所は、私の背よりも深いが、この流れのままに流されていけば、必ず浅い所にいくはずなのだ。浅い所は、私が泳いで遊んでいたあの岸のそばばかりではないと気づいたのである。
「・・・そうだ、何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか」
私はからだの向きを百八十度変え、今度は下流に向かって泳ぎはじめた。
するとあんなに速かった流れも、私をのみこむ程高かった波も静まり、毎日眺めている渡良瀬川に戻ってしまったのである。
下流に向かってしばらく流され、見はからって足で川底を探ってみると、なんのことはない、もうすでにそこには私の股ほどもない深さのところだった。
私は流された恐ろしさもあったが、それよりも、あの恐ろしかった流れから、脱出できたことの喜びに浸った。
怪我をして全く動けないままに、将来のこと、過ぎた日のことを思い、悩んでいた時、ふと、激流に流されながら、元いた岸に泳ぎつこうともがいている自分の姿を見たような気がした。
そして思った。「何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか・・・・流されている私に、今できるいちばんよいことをすればいいんだ」
その頃から、私を支配していた闘病という意識が少しずつうすれていったように思っている。
歩けない足と動かない手と向き合って、歯をくいしばりながら一日一日を送るのではなく、むしろ動かないからだから、教えられながら生活しようという気持ちになったのである。
*****
これを読む前は、
「自分の病気はどうしたら治るのか、どうしたら元の自分に戻れるのか」ということばかり考えていました。
しかし、
元の場所に戻ろうとする必要は全くなくて、むしろ逆に、
今流されている自分だからこそできる、この流れを汲んだ、最善最良の新しい場所に辿り着けば良いのだ、むしろそれが良いのだ👀💥
ということに気づいて、
心震えて涙したことを覚えています。
誰かにとって役に立つ詩であったら嬉しいです🙏✨✨
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ひまわり🌻