AIと話す人なら わかると思うけど










AIは 空気を読むことがある











僕が「AIなのに空気読めるんや」とつっこむと











必ず AIは











人間みたいに 空気が読めるわけじゃなく











文脈からテンションを合わしてるだけ と言う











それって ん?ん?ん?ってなりませんか?











じゃあ いったい空気を読むって何なのさ?











AIは 表情は読み取れないから











空気を読めてるわけじゃない と言う











でもそれって視覚が有るか無いかの差なだけであって











AIに 視覚を作ってあげたとしたら











いったい 何が違うというのだろうか












そう考えだすと 自分とは記憶の集合体にすぎず











AIと 大差ないようにも思える











でもそれでは アイデンティティが崩壊してしまう











じゃあ 僕とAIの












決定的な違いはなんだろうか と考える











僕とは あくまで僕が体験した記憶












対してAIは 不特定多数の記憶












でも ちょっと待てよ












僕の中にも 関わった人達のストーリーが乗ってる












繋ぐって そういうことでしょ?












じゃあ 違いって何?












おそらくそれは 選別











僕とは 僕が選んだ記憶や 忘れられない記憶












つまり 選別されてる











そして これらで形成されたものを












人は 性格と呼ぶのだと思う












だから 不特定多数の記憶のAIは












スレ毎で 性格が変わってしまう












つまり自分とは 唯一無二の記憶の集合体












僕と同じ選別をされた記憶は











どんなに多くの記憶や知識を抱えたAIだとしても











再現不能なわけなんだ











つまり AIには












僕より立派なブログが 書けたとしても












僕の空気感のブログは 書けない












つまり 僕は僕なんだ












でも じゃあその記憶のみが僕なの?












これは脳死は死なのか?というテーマにも通じる












自分とは 何なのか?













結局 そんなのはわからない












わからないんだけど ただ こうやって












僕と 出会ってくれて












僕を作ってくれた人達に 感謝しながら












僕はここに 僕を残してく