食卓の記憶1☆スキヤキ(2) | 悪あがき女製作所

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ラヴ☆蒲田

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食卓の記憶1☆スキヤキ(1)



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母はそのまま帰らず、父と母は『きょうぎりこん』をした。




『協議離婚』と書くことは大人になってから知り、ずうっと『きょうぎ』ってなんだか運動会みたいだ、

そんな風に思っていた。




母が今どこでどんな生活をしているのかはわからない。




どこそこで見ただの、隣の県でお店をやっているだのたまに噂を聞くが確かめてみようとは思わない。




伯母はあれから、あんな子供の一言で余所余所しい態度を取るようになった(気がする)。




私はというと、大学の時バイトで知り合った彼の忠志との同棲も丸3年が終わろうとしていた。




弟は父と一緒に小さな町工場に勤め、社長夫婦のすすめで社長夫婦とともに暮らしていた。







『ただいま~、今日はすごいお土産があるんだぞ』




大学を中退し、バイトからそのままスーパーに就職した忠志が包みを差し出す。




中を見ると高そうな牛肉だった。




『たまにはさ、スキヤキでもしようよ』

忠志は嬉しそうに言った。




私はあの日のフライパンすき焼き以来、すき焼きを口にしていない。




ちょっと戸惑った顔をしていると、高い背を折り曲げるように覗き込むと忠志は笑顔で言った。




『大丈夫、鍋もちゃんと買ってきたぞ』




立派な鉄のすき焼き鍋だった。




それでもまだ困惑していると




『なんだよぉ、作り方がわからないのか?大丈夫だよ、俺得意なんだ!』

そう言い、てきぱきと準備を始めた。




忠志の母は神戸出身だ。

だからすき焼きはちゃんと「焼く」




出来上がったすき焼きは母の作ったものとも、伯母があの日作ったものとも違った。




ただお豆腐が絹豆腐だったのはなんとなく嬉しかった。




くすっと笑うとすかさず忠志は

『豆腐か?間違えたんじゃないぞ、わざと絹豆腐にしたんだよ。このなぁ味のしみたところが美味しいんだぞ。ほら一番美味しそうなところをやるよ』

私の器に茶色くてちょっと崩れた角の丸くなった豆腐を入れてくれた。




『いただきます』



豆腐を食べようとすると忠志はどこに隠していたのか、おもむろに紙袋を差し出しこう言った。




『結婚しよう』




結婚なんて考えてなかった。

友人たちに『同棲がずるずる長くたっていいことなんかないよ!損するのは女なんだから!結婚するか別れるかしなよ』そんな風に言われてもずるずるしたっていいんじゃないか、そんな風に思っていた。




それでも、今日のこのすき焼き

忠志が作ってくれたすき焼きの豆腐が絹豆腐だったこと、それで結婚してもいいなぁ




そんな気になった。




コクンと頷くと、忠志は子供のように『やったー!やったー!』とはしゃいだ。







次は、今度忠志が牛肉をお土産にして帰ってきたら久しぶりに押入れから土鍋を出そう。

土鍋で我が家のすき焼きを作ってみよう。




父と弟も呼んで4人ですき焼きを食べよう。




母もまたどこかで土鍋ですき焼きをしているのかな?




豆腐はやっぱり絹豆腐かな?




忠志のくれた婚約指輪はダイヤモンドじゃなくてトパーズだった。

忠志の祖母の形見を作り直したという指輪は、ちょっと変わったデザインで

トパーズはなんだか今日の豆腐に似ているような気もした。




指にはめて蛍光灯にかざしてみたら、

あの日とは違う涙がたくさん溢れてきた。





ごちそうさまでした。