あらあら
「不惑」。それは「まどわず」と読み、人間40歳にもなると、物事のあれこれがわかるようになるため、惑うことがないという、孔子の論語の中に残されたありがたいお言葉。実際はそんなことはないですよ、ねえ孔子先生。仕事や、今後の子育てやら、人間関係やら、惑うことこの上ない現代では、己があり様なんて分かるはずもないです。ただ、ここ最近、死ぬまで成し遂げたい目標が一つ浮かんできています。仕事を頑張るとか、子どもを一人前に育てるとかではなく、ごく私的な目標です。それは何か自分名義の作品を世に残し、あわよくば人を感動させて、次の一歩に進むことにつなげてみたいのです。実は、「まあ、行けそうな気がする」という最近予感めいたものを、心の底に感じていて、いつかはわかりませんが、何とかりそうな気がしています。仕事しながらではありますが、牛歩の如く、ゆっくりなれど確実に。不惑とはとても思えない、意思表明でしたが、取り敢えず仕事頑張りながら、頑張りますので。