引き寄せ系の本で散見される、



『ラジオの如く周波数を望むチャンネルへ合わせる📻』



というのがある。






テレビでもなんでもいい






初めて読んだのは、25年も前だったか。




高校生の頃には引き寄せどっぷりなのもあって、

色々やってみた。



イメージングは勿論、



言霊的なのを唱えたり、紙に書いたり、



叶った瞬間の感情を描いたり


既にそうあるかのように振る舞ったり。




何も見なくてもスラスラ書けるあたり、

マジでどっぷりだったんだなと

今更ながら思い知る🤣






なにせ、それが成される為には

カラシダネ程の疑念も

抱いてはいけない




というのであるから

こちとら必死である。










さて。



なぜ急にそんなことを思い出したかというと、



このところ『ザ•マジック』や設定変更を

実践するにあたって



思うところあるからなのですが。






というのは、



『感謝を見出す』のも


『見たい世界を見出す』のも




そう受け取る自分の器




あってこそだなぁと感じるのだ。







例えば、気に食わない出来事があったとして。


気に食わない人でもいい。



それによって、何かしら不愉快な思いをした。



なので、その対象をどうにかしようと思った。




もっと好みの、新たな現実を創造(引き寄せ)しようと思った。




だから、どんな事象なら好みなのか


どんな風だったら幸せを感じるのか



自由に感じて、描き、そちらへ意識を合わせてゆく。



こんな感じだと思う。









↑そうではなくて



どうにかしようと思った自分の受け取る器を疑う



どう受け取ったから

そう(変えたいと思う程に)反応したのか。





疑うべきは


そう受信した受容器の方


ではないだろうか。




そこを整える。


受信した対象(事象)じゃなく。






今までは、まるで受け取りたい


対象の方へ周波数を合わせなさい、


そう解釈していた。






でも、受信器である自分の器を



どんな受容器なのかと確認して



望みと辻褄合ってんのか



整える方が早いし簡単だし



自分でせっせとできる。



せっせと、さっさと=カンタンに









だってさ、


いくら事象周波数合わせたって


また好みじゃない現実が現れたら


その度に、『引き寄せ〜🙏』って



難しくない?



なんか



面倒くさくない?笑







結局、変えたい事象

避けたい事象



=避けたい感情ありき。




何かしら感じたくないものや

そうとしか感じられないもの(設定)


が幅を効かせているのだよね。






受信器たるのは

外側を写す機能(五感)を持った

人間体としての私だけど



そこに写った現象を

どのように内部に取り込むか

=受容しているか、反応しているか




ここから整えないと、


いくら望む事象を受信しても


捻れて受け取り、反応し続ける。






世界は望み通りとはよく言ったもんだ。








そんなことを、この頃は人間社会に

肌身をさらしながら学んでおります。笑







繊細で敏感だからこそ、



ある意味そんな反応しやすい

心と身体が教えてくれること。




これからも素直に受け取って

豊かで美しい現実を

育めるオンナで在りたいな〜♡




と、思いました。