録音してきました
火曜夜7時フジTV
くりぃむしちゅーさん司会
今夜はナゾトレ
昨夜の2時間スペシャルご覧くださり
ありがとうございました。
これを右に曲がって録音スタジオ入り
新たに昨日は
サブ出ししてきました。
それらをもとに
本日はスタッフ・キャストが
スタジオ収録を行います。
ナレーションや出題を
3時間ぶっ通しで録音するので
結構 集中力がいるのです
というか、
コーナー毎にディレクターが変わって
次々に進められていくので
わたしは
息つく間もなく、時間も忘れ
気づいたら、3時間も過ぎてるやん
という感じです。
最近は内容が
親子で楽しむ教養クイズ
といった方向性で、
わたしも勉強させてもらってます。
あなたは
どんな勉強に関心がありますか
わたしは、数日前から
レヴィ=ストロースに興味津々
2009年 100歳で亡くなったフランスの
社会人類学者、民族学者です。
両親は、
ユダヤの家系で、いとこ同士でした。
曽祖父は音楽家で、父親は画家でした。
彼の名が世に広まったのは
サルトルとの派手な論争でした。
サルトルは
フランスの哲学者、作家です。
世界における人間の実存(現実存在)を
説明しようとする実存主義者として、
近代の科学技術による人間の自己喪失を
批判するなど、
戦後文学の指導者となりました。
ノーベル賞を辞退した
最初の人物でもあります。
サルトルは
レヴィ=ストロースを、
「超理性主義」と批判しました。
レヴィ=ストロースは
サルトルを、
「西洋文明の知で判断する民族主義」と
批判したのです。
中央公論「世界の名著」
未開の地って、
わたしたちの暮らしている
文明社会のように
いずれはなると、
思いませんか?
だから劣っていると。
わたしは、そう思ってました。
でもレヴィ=ストロースは
そうじゃない
と教えてくれました。
彼らは彼らのままで既に自由で
文明を受け入れない生き方を
選択し続けているのですね。
受け入れるべきものと
決して受け入れてはならないものを
その意志によって峻別してきたのです。
わたしたちはそれぞれ個(個人)ですが
本当に自由でしょうか。
社会の枠の中でその習慣のうちにあって
その社会構造が変われば、
考えもいっぺんします。
たとえばですが
民主主義に暮らしているから
共産主義の国に生きるていることの
実際の実情は、
分からないのではないでしょうか。
どちらが良いとか悪いとかを
ここでは言いたいのではありません。
生きている環境が変われば、
思考もすっかり変わるのです。
西欧文明に倣って暮らしている現在
その恩恵から
わたしたちアジア人は
豊かさを知りました。
でも別の意味では、
貧しくもなったのかもしれません・・
なぜかと言えば
弱肉強食の大きな格差社会が生まれ、
自然に包まれた美しい環境は破壊され、
健康と精神にダメージを受け、
生きにくい世の中になっているのも
事実です。
ましてや目の前に迫っているAIの世界。
わたしたちは柔軟に対応し
いびつに陥らずに取り込むことが
はたして できるのでしょうか。
人間としての精神を
持ち堪えられるのでしょうか・・・
わたしがバリ島に初めて行ったのは
16歳の時でした。50年近く前です
カルチャーショックを受けました。
裸足で、腰巻きの姿に
それ以上に
輝く瞳の光に
屈託のない笑顔に
少女は朝、神に供物を捧げます。
老人は日没の海と空が
赤く染まるのを眺め、
まるで広大無辺のその自然と
一体になったかのように
同化していたのが目に浮かびます。
慎ましくも穏やかで高貴な心身を持ち
時間に制約されず
悠々と暮らしていました。
わたしはその大地と海に心を洗い、
蛇が脱皮するように
蛹が蝶に変貌するように
なんとも筆舌尽くし難い
清々しい気持ちを、体感しました。
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すっかり忘れていたあの大事な
何よりも大事なものを
やっと取り戻せるような
そうした次元に導かれていく
思いがしてきました。
知らず知らずのうちに
見えない枠組みに取り込まれ
その枠の中でしか考えられていない
自分を発見するのです。
レヴィ=ストロースは『悲しき熱帯』
最終章に
あの有名な言葉を綴りました。
世界は人間なしに始まったし、
人間なしに終るだろう
KIMIÉ拝
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本気で美人になることを望むなら
手探りを繰り返すより
その道に精通した人に習うのが
一番の近道です。
健康美でエレガンス
キミエ・メソッド
あなたの美のパートナー
KIMIÉ