売れようが売れまいが給料制

 

 ナベプロ所属のGSとしては、僕らの前に、アウト・キャストもワイルド・ワンズもいた。でも、タイガースはもう、売れ方が桁違いだったんですよ。

近田 その儲けは、本人たちにはどれぐらい還元されたものなんですか。

 給料制だったから、毎月一定額しか入ってきませんでしたよ。例えば、忙しい中、さらに映画に1本出たとしても、月給は変わらない。

藩 うちと一緒だ(笑)。

 それとは別に歌唱印税が支払われたけど、作詞家や作曲家とは違って、歌い手側に入ってくる印税なんて本当に微々たるもの。まあ、何かの時に5人で100万円の印税をもらった時は、帝国ホテルに部屋を取って、客室中にみんなでお金をばらまいた。大金を手にしたなと実感できたのは、後にも先にもあの1回こっきり。

近田 あれだけの人気者だったから、巨万の富を得ているものと思ってましたよ。

 レコードが売れようが売れまいが、自分の実入りには大した影響がないから、だんだん、馬鹿らしくてやってられねえなという思いが強まってくる。野球選手と一緒で、僕らも自分たちの耐用年数なり賞味期限の中で、その働きにふさわしいだけのペイを受けなきゃおかしいんじゃないかなって。

近田 そういう気持ちは芽生えますよね。

 中国には、合従連衡(がつしょうれんこう)という事故成語があるじゃないですか。

 おっ、さすがは漢文の先生(笑)。

 そもそも、春秋戦国時代、強大な秦に対抗して周辺6ヵ国が築いた協力体制を、「合従」、彼らの関係にくさびを打ち込むため、秦がそれぞれの国と個別に結んだ同盟関係を「連衝」と呼ぶんです。その結果、6ヵ国の連帯は雲散霧消してしまい。秦の天下統一が実現する。タイガースに対して、ナベプロは秦と同じ戦略で臨んだわけですよ。

近田 メンバーをバラバラにしちゃったってことですか。

 そうそう。デビューの1年後ぐらいから、契約に当たって、事務所はメンバーと個別に接触するようになった。どうやら、沢田だけを特別扱いして、他の面子と待遇に差をつけていることが伝わってきたんです。給料も、恐らく一人だけ高かった。

近田 そりゃあ、疑心暗鬼を引き起こしますね。

 僕らの意識では、あくまでもメンバーは全員平等だったんです。ナベプロの論理では、沢田はリードヴォーカルだから厚遇するってことなんだろうけど、バンド構成する一員であることにおいて、他の仲間たちとその立場に違いはない。

近田 バンドっていうのは、そもそもそういうもんですからね。

 ナベプロに対して探りを入れてみたら、こんなことを言うわけ。「クレイジーキャッツ」のやり方と一緒だから。植木等の次に谷啓を売り出したみたいに、沢田研二の後は順番が回ってくるから、ちょっと待ってくれよ。心配しないでいいから」って。

近田 いかにも、その場しのぎの詭弁ですよね(笑)。

 しかし実際のところは、事務所の屋台骨であるクレイジーのようにちゃんとした扱いを受けることはなかった。

 クレイジーは、俺の目から見ても、やっぱり基礎がしっかりしてたよね。演奏技術だって、芸大のレベルでしょ。実際、サックスの安田伸さんは芸大出身だし、YouTubeで彼らの昔の映像見ると、今さらながら驚いちゃうよ。その上、コントだとか演技だとか、いろんな芸までやるわけだから。それの対してGSは、エレキ持って歌うことぐらいしかできなかった(笑)。

 

 藩、タイガースに誘われる

 

瞳 そんな危うい状況の中、タイガースは「ヒューマン・ルネッサンス」(S43年11月)を発表するんです。あのアルバムのコンセプトは、かつみが主導していた。今、改めて聴くと、ロシアのウクライナ侵略を予見していたように思えるんです。

近田 あのアルバムに込められた平和へのメッセージは、60年近く経って、再びその真価に光が当たったわけですね。

 ただし、あのアルバムの反戦メッセージが現在に通じてしまっていることについては、本当に残念に思います。人間というのは、進化しないんだなと。

近田 昭和44年には、突如、タイガースから加橋かつみさんが脱退します。メンバー間において、何か話し合いみたいなものはあったんですか。

瞳 なかったですよ。まあ、加橋が僕らの共同生活から離れたぐらいから、ちょっとよくない予兆は感じていましたが。

 実を言うとさ、かつみが辞めた時、俺、「タイガースに入れ」って誘われたよ。

 えーっ、ちょっとイメージが合わないよ(笑)。それ、まったく知らなかった。

 ある日、カップスの所属してた東和企画のマネージャーから連絡が来て、「ちょっと箱根まで行ってくれ」と頼まれたんだ。何の用事か分からないまま現地に向かったら、途中で、「実はタイガースから声がかかってる」なんて言うから驚いてさ。箱根にあったスタジオに呼ばれて、オーディション受けたんだよね。

 ちょうど、タイガースが箱根で合宿やってたんだよ。急にかつみが抜けることになって、中井さんが焦ってたから、とにかくいろんなギタリストを呼んだんだと思う。

 まあ、もしも俺がタイガースに入ったとしても、すぐ辞めさせられてたよ(笑)。

 申し訳ないけど、いざ候補者を招集したその段階では、状況が急変していて、岸部シローが加入することは、もう内輪で決まってたんだよ。シローは、肝心のギターに関しては、多少弾ける程度でしかなかったんだけどね。

近田 コウちゃんは、いわば出来レースに参加させられたわけだ(笑)。

瞳 その頃になると、僕もいい加減、タイガースを辞めたいと思ってたんですよ。事務所に対してもその意志を告げてたものの、懸命に慰留されて思いとどまった。ただ、その時点で、続けるとしてもあと1年だけだと肚はくくっていました。

 どういう風に説得されたの ?

瞳 「辞めたってしょうがない。一人じゃ何もできないぞ」とか、「渡辺プロが一生責任持つから」とか。「あ、嘘だ」と直感したね(笑)。生涯の保障なんてしてくれるわけない。実際、ナベプロ自体、今や音楽は主軸じゃなくなっちゃったじゃないでか。