2枚組ニュー・アルバム『耒タルベキ素敵』を最初に耳にしたときからうすうす予想していたとはいえ、いざ2000年代初のツアーでのステージが、この曲でスタートするのを目の当たりにしてみると、会場いっぱいにこだました歓声とともに、背筋のあたりが「おおっ」とどよめいた。9月23日、東京・渋谷公会堂で行われた "祝・2000年LIVE TOUR 耒タルベキ素敵" ライヴは、ニュー・アルバムからの新曲「A・C・B」で幕開けした。

 ファンにはいまさら説明する必要もないだろうが、「A・C・B(アシベ)」とは、1960年代、若き日の沢田研二がザ・タイガースの一員としてステージに立っていた新宿のジャズ喫茶のこと。自身のキャリアのスタート地点を回顧した曲を皮切りに、21世紀を目前にひかえたステージが、始められたということになる。

 とはいっても、「とうとうジュリーも、自らの過去を懐かしむモードに入っちゃったのかしら」。そう解釈するのは少々早とちりということになりそうだ。続いて演奏されたのも、新曲、新曲、また新曲。『耒タルベキ素敵』収録の曲ばかり23曲を、MCもほとんどなし、ほぼぶっ続けの状態で歌いきってしまった。文字通りのニュー・アルバム・オン・ステージである。

 「毎年1枚ニュー・アルバムをレコーディングするのは、ツアーで必ず新曲をやりたいから」。沢田自身そう語っていることは、音楽ファンだったらどこかで耳にしていることかもしれない。ヴェテランのアーティストがしばしば採用しがちな懐メロづくしのライヴ、往年のヒット曲ばかりを並べたコンサートを、あえて拒み続けてきたわけだ。「偏屈ジジイって言われているだろうけどね」。新作リリースにあたって、今年夏、始めてインタビューした際に、沢田自身そう笑いながら語っていたし、それを聞いた当方も、正直言って「頑固な人だなぁ」。内心そううなずいていた。もう何年ぶりになるのか、ステージで歌う姿を再び目の当たりにしてみると、単なる頑固一徹とも片づけられないものが、感じられてならないのである。

 なにしろ楽しそうなのだ。本人、楽器には一切ノー・タッチ。歌うことにひたすら専念しているとはいえ、気心の知れたバック・バンドのメンバーたちと、時に目と目を見交わしながら、ギター・ソロのアクションを披露する。しかもそれが、ジミ・ヘンドリックスを一瞬引用した「evryday Joe」のような曲の場合、演奏への的を撃った "つっこみ" となってもいる。醒めているようでいて熱く、夢中に見える半面、クールでもある。永遠の "スター"、ジュリーならではの抜群のさじ加減だろう。

 つくづくステージに立つのが「好き」な人なのだな、と思いましたね。インタヴュー時には白いものがちらほらしていた髪もきれいな茶髪に輝いていて、お色気満点。いかん、冷静にレポートしなくてはならないのに、だんだん「素敵ー」に見えてしかたなくなってきてしまった。

 アルバム『耒タルベキ素敵』では10曲までを本人が作詞しているが、その言葉づかいが、CDで聴いた以上に、味わいを増して感じられたのも印象的だった。たとえば白井良明作曲の「凡庸がいいな」。スターらしからぬ平凡志向(?)の内容と思いきや、ギター・リフとあいまって歌われる「凡庸、凡庸、凡庸」の繰り返しが、なんともユーモラスに "きまって" いる。このあたり、歌うことのような快感を熟知した人ならではの、言葉遊びの妙かもしれない。

 前半が黒、後半が一転して白を基調にしたスーツへと衣装替えした以外は、これみよがしな演出は一切なし。「グラッチェ」「ナマステ」などの世界の言葉で「ありがとう」を言うほかは、MCもほとんどないというシンプルさが、またよかった。ギター2本を主軸に据えたいかにもバンドらしい演奏の効果もあってのことだろう、CDで聴いた時とはまた一味違って、全23曲というフル・ヴォリュームの新曲群に、新たなダイナミズムや立体感が吹き込まれていくのが、手にとるようにわかるのである。ニュー・アルバムの再現をするというより、そこをスタート地点としてさらに前へと進んでいこう━━ CDだけではけっして体感できないそんなスピード感がみなぎる演奏であり、ステージなのだ。

 そのせいかもしれない、新曲だけの本編、全23曲をへて、「おまけで~す」というMCに続いて歌われたアンコール1曲目、「勝手にしやがれ」には、単なる懐かしさを超えて、ひとしお胸に迫るものがあった。しかも次いで歌われたのが、ザ・タイガース時代の大ヒット曲「君だけに愛を」。会場はもう阿鼻叫喚の嵐。老いも若きも、いやしくも女性観客だったら心は一斉に十代へとワープ ! という状態で、渋公はもう大変な盛り上がりである。

 たとえばこれが、往年のヒット曲と新曲を交えた、ほどはいいがありきたりな構成だったらどうだろう。有名曲の蔭に新曲が埋もれてしまうばかりか、大ヒット曲のほうもひょっとしたら発表当時の輝きを失って、いわゆる懐メロにつきものの、少々くすんだ雰囲気を漂わせてしまっていたかもしれない。ライヴで新曲23曲を聴き通す体験には、そう思うとまた格別な醍醐味があるのだ。

 アンコールになってようやく "解禁" されたMCで、ジュリー自身こう言ってもいた。「(新曲ばかり23曲やったのは)暴挙でした。ごめんなさいね(笑)。でもこの緊張感には、たまらなく気持ちいいものがありました」

 ちなみにこの数年来続いてきたバック・バンドの顔ぶれは、ギターに柴山和彦、下山淳、ベースが依知川伸一、会場からも一番の声援を集めていた紅一点ドラマーにGrace、そして新加入のキーボード奏者が野崎洋一。服装だけ取れば各人まちまち、ことさらジュリーに会わせているとも思えないミュージシャンばかりだが、不思議なくらいお互い違和感のない歌と演奏の関係であった事実をつけ加えておこう。この調子なら21世紀のジュリーも、まだまだ "老い" とは無縁で行きそうである。

 

       

 

        

 

       

 

        

 

           

【9月26日 フェスティバル 1列目 / 27日 ラブリーホール 8列目 / 29日 なら 11列目 /  30日 愛知県芸術 9列目 / 11月3日 岡山 6列目 / 4日 広島 4列目 / 10日 泉の森 2列目 / 11日 尼崎 2列目 / 12日 京都 9列目

このツアーは、奈良以外は一桁と嬉しい席ばかりでした】