見事な曇り空、傘マーク無し。

なので二回洗濯機を回して外に干したのだ。

その後、今度は雨になるでしょうと予報が変わっていた、、

ので、また別の場所へと移動して、、

という朝コンニチハ、聞き黄緑でう。う?

 

夕飯前のちょっとだけ空いた時間に連続する不穏な映画をネットで観てしまう。シリーズものだが一気見などできないくらいに心臓が高鳴る。不安で高鳴るってこういうことか、、以前から苦手な俳優が主演のサスペンス映画である。本当にこの人って、、というくらい声も話し方も表情も何もかも苦手なのだが、そのストーリーとモノクロの映像美に惹かれた。

 

最近なんとなくミステリー熱が復活して、推理小説なども読んでいるのだが、いつも思うこと。書き手の頭の中は一体どうなっているのか?彼らは物凄く頭の回転が良いに違いない。そして観察力の素晴らしさ。伏線に伏線を張り、点と点、事実と想像を時を跨いで繋いでゆく。こちらは小さな出来事も見逃さないよう、細心の注意を払う必要がある。本はページを戻ったりして確認するが、映画となると本当にのんびり見つめてなんかいられず、かなりの集中力を持って観るものだからもうグッタリなんである。なので、数話しか続けてみる事ができない。なのでいつものように時間がかかってしまうのだが、いったんパソ子を閉じてもその先を知りたい見たいという衝動に駆られる。

 

今回は多分、、と思っていた事が幾つか劇中で露わになった。骨董品屋で何気に買ったあの重さのある角張ったガラスの灰皿は凶器になるのでは、、とか、彼を訪ねていった青年はもしかすると帰って来れないかもしれない、、とか。ワタシ推理脳になっているのかも。

最後に唸ってしまったのは、この数話内で度々登場していた耳から長い毛が出てモサモサのいつも玄関ホールのいつものベンチの上で無言でただ静かに座って回りを見ている猫の存在だった。血を綺麗に拭ったつもりの犯人は、猫が血痕の上を歩いて渡り、例の肉球の足跡が間隔をおいて点々と互い違いに暗いホールの床に模様を作っている事をまだ知らない。あと残り2話で完結するだなんて。あーーー