子供を生んで育てて、一人立ちさせるだけで十分『子供孝行』出来ている。
それだけで、いざとなった時、
子供も「介護頑張ろう」思える
それなのに、
一人立ちした後や結婚した後の余計な口出しや手出しで一気に関係悪化し、
子供の親の介護に対するやる気も削がれる。
余計な口出しや手出しは親が『子離れ』出来ていないがゆえ。
子供が結婚して、その二人が生活のすり合わせするのも大変なのに、
自分(特に姑)ともすり合わせを求める。
すり合わせならまだまし。
自分の一方的な価値観を押し付けたりする。
それで「やってあげた」となる。
それは姑の自己肯定感の低さからくるもの。
姑本人が、
子育ての最中に夫や姑から否定されたり、
肯定されても自信が持てなかったりして、
そこを埋める為に、
子供が一人立ちした後も纏わりつく。結婚しても。
心のどこかに、
子供が『親の恩』を感じて、しっかり介護してくれることを願う思いがある。
自分がやれてない、足りないのに、
子供だけに願うのはプライドが許さない
「自分も頑張ったのだから、やってくれて当たり前」の状態が欲しい
そんな感じもあるのかなと、
家族の介護について思った。
ちなみに(昭和の時代の)男性は、
家庭にお金を入れているという、目に見えるハッキリとした実績があるから、介護もしてもらえる自信が持てているかなと。
とか。