父母と義父母。


私と姉と夫。


それぞれの親に対する思いがある。



私自身は、

母は後で思うと毒親に近いところもあったかなとも思うけれど虐待されていた訳ではないし、それなりの距離を取れていたので、歳を取り在宅でのサポートをすることへの不満はそれほど無かった。 

 

ただ、母は家をリフォームをして、終の棲家と決めてこれからもこの家でやっていくと私は思い込んでいたので、

途中から施設に入りたいが大きくなり、肩透かしをくらった気分だった。




姉と親との関係は、

あまり考えたことは無かったけれど、

母の『大事なところは絶対長女』という様子を見て、また、親戚から、姉が進学で都会に出てから、父が毎日のように電話をしていたという話も聞き、

私には意外だと思うほどに、父が私が知るより子煩悩だったという話も聞いて、

そういうの、ほとんど姉の方にいっていたのだと思った。



それでも私にも父に対する思い出も思いもあるから、

父の最期、病院で、当時は付き添いが必要だったので母と交代で付き添った。


姉は・・・姉の事情で出来なかったけれど、どちらが大事かの判断は私と違ったのだと思う。


それでも姉には姉の親に対する思いがあるから、今母の施設入居のキーマンに なっているのだと思う。




時代は変わり、


今は『嫁入り』って訳じゃないから、

夫と結婚したというだけで、ただ長男で一人っ子だったから、『親の老後の面倒をみる』は、くっ付いている感じはしてた。


ただ、結婚当初、

夫には反抗期が続いているかのような義母に対する反発が見えて、

それは、義母の性格からきたものとだんだん分かってきたものの、

夫も結婚し、子供も産まれて『大人になった』というのは失礼だけれど、義母の無理矢理を上手くかわせるようになっていった。

もしかしたら、その夫がスルリとかわす、かわされたストレスが義母の私への当たりが強くな

った原因のひとつかもしれない。

義父と夫は遠からず近からずと言った親子関係に見えた。



義母の当たりの強さで、

私は途中から絶縁状態となったけれど、それは私の問題だから、

同じようにしてとか夫には何も求めていなかった。


夫には夫の親に対する思いがあるし、そこは私が立ち入るところではないと思っていた。



介護の場面ではそれぞれの思いが交差する。

自分と自分以外の人の思いは違うと思っていた方が、自分が楽なのかもしれない。