介護というものがあると、労力と共に時間が取られる
単純に今の状況で自分の老後を考えると、特にお金の部分を考えると、時間は働くことに使わないと自分の将来に不安を感じる
でも、いつでも介護は容赦なく来るわけで、当然のように時間を奪っていった。
当然のようにだったから、介護に合わせて働くことを調整して、
結果、より自分の老後の不安が大きくなってしまった。
時代が違う。
親世代の、夫が稼ぎ、妻が家事や子育てや介護を担っていた構図では、介護は家庭の収入には影響しなかった。
共働きの私達は、
私の収入の目減りを夫が簡単に補填は出来ない。出来ないからの共働きなのだから。
子育てのある時期、夫がひとりで稼いだ時期もあったけど、
期間の目安があるからこそでそれは解消されて、良いバランスに戻れた。
介護は突然やって来て、
時間と労力を突然奪い、
混乱を招く。
子育ては、夫婦のキャパシティに合わせて人数も加減出来ても、
介護は基本双方の親4人だし、
自分の時間と労力をとても多く奪われることになる。
やっと、『介護は実子に』という空気に少しなってきても、
それに使った時間と労力はその夫や妻にも影響する。
そして、世間から、親戚などから当たり前と『介護』は要求される。
夫の父母も私の父母も、
実は、自分は親の介護をしていない。
今思うと、わりと時間を自分の為に使えていた。
介護で大変な思いをした人は、自分の子供にはその苦労をかけないように目指し、
経験がない方が当然のように『親の面倒をみるのは当たり前』と言ってくる。
どちらも、それは『面倒』なことという意識はきっとある。
『大変』ということを分かっているからこそ、迷惑をかけないようにするのと、
『大変』だろうが子供だから『当然』と思う気持ち
介護を受けるにしても、子供から自立して生きていくことこそ、これからは大切なのだと思う