救急病院は病気を治すためのところ、命を助けるところ。


義母の命を助けて下さった担当医の先生には感謝しかない。


その結果のその後の状態は仕方がないこと。人間が選べないことだと思った。



それでも知識と覚悟があれば、

分からないけれど、もしかしたら、家族として、

何か違う判断が出来た場面もあったかもしれない。


実際は、知識も覚悟も無く、本人の意向も聞いてもいなくて、その時その時で、たくさんの検査などの承諾書にサインをし続けた。



その当たり前と思ってやったことに、少し疑問を感じたのは、ずっと後のことだった。



一人暮らしの高齢者は、

ある意味病院で旅立つ方が、本人の望みではなくても、家族としては安心とも感じたのは、


いろいろ調べて、


かかりつけ医に連絡するのか?(かかりつけ医には救急車を呼んでと言われたので却下)とか、

救急車を呼ぶのか?それとも、

明らかに亡くなっていたら警察を呼ぶのか?とか、

警察を呼ぶ場合は動かしちゃいけないとか。



今は在宅で、 幸い通院の必要も無い状態。

認知症と足腰の衰えとか明らかな老化はあっても、数か月診察に行っていない。


悩まなくて済む為には、

一度入院が必要な状態になり、病院で旅立ってくれた方が分かりやすい。




そして、もちろん、

一人暮らしの孤独死というものは避けたいという気持ちは今ある。


なので、

どうしても、出来る限り様子を見に行く方が良いとなる。



様子を見に行く手間を考えると、同居の方が楽とも思えるけれど、

一人暮らしの気楽さが、結局はお互いより幸せな気がして、それが許される状態の今は本当にありがたいことだとも思う。



もしもの事なんて、考えたくない、縁起でもないと思う人の方が多いような気がするけれど、

母のことでも、夫のことでも、自分のことでさえ、

私は度々考えている。



それは、

消せない不安はあっても、

覚悟を決めて減らせる不安もあると思っているから