母はてきぱきとした性格で、
困ったことがあると、娘にも頼るけれど、
自分で包括センターに問い合わせることもしていたので、
早い時点で介護認定は受けていたし、
近所に親戚もいたので、
いろいろ手助けもしてもらえたから遠距離介護が出来た。
なぜ、
引き取るかもっと頻繁に来るかしないのかと言われれば、
仕事をしていたからということ。
子供は大学に行く予定だったし、
働かなければどうしようもない。
本人もバイトもしているくらいなのに。
月一回の通院の付き添いをすることで限界なのは、時間が無いのはもちろん、交通費さえ負担だから。
大変な時は一回で済まなかった月もあった。
それでも、
何一つ文句を言わず行かせてくれた夫や子供。
私には精一杯だった。
母が具合が悪いと言い、
すぐ救急車を呼びそうになるところを親戚が説得してくれた。
調子が悪いからと病院にも行きたがり、体の隅々まで検査した。
そして、
体の丈夫さは証明されて、
うつ病の診断だけをもらった。
「調子はどうですか」と言われるのみの精神科の通院は、
かえって母の負担でしかなく、
かかりつけ医につないでもらった。
(その後義父の時もそうだったが、
なかなか納得出来る先生に当たらない精神科。
他のことで以前とても良い心療内科の先生に当たったので、私のハードルが高かったのかもしれない)
また、
その大病院の精神科の待合室では・・・
診察室から出てきた私と同年代の娘が、反応の少ない母親に向かって怒鳴り散らしていたということもあった。
公の場で怒鳴れるということは、
家ではもっと怒鳴っているということ。
母には見せたくない場面だったけれど、母は無反応だった
その後、母は、
デイサービスに通ったりヘルパーなどの、介護サービスのサポートを受けて、
足りないところは近所の親戚にも快く助けてもらって、
何とか平穏な日々に戻っていった。
ただ、年月で老いが進んでいき、介護度も上がり、デイサービスから、デイサービスとショートステイの組み合わせが増え、
ロングショートステイとなり、
施設に入った。
施設に入って数ヶ月後施設に行ってみると、
家にいた時より元気になっていた。
引き取ったり、
頻繁に来れたとしても、
こうはなれなかった
私ももたなかったと思う
実の親子だからこそ・・・
・・・・・
子供が大学に入ると、
今度は義父へのサポートが始まった
そこで、やっと、
前よりは介護に時間が使えるようになっていった。