時間が経つのは早いもので、
子供は成長し、
自分も親も歳を取り、
夫が義父母の体調で困っている様子もあり、
少しずつ義実家との交流が再開していった
意外なことに、義母から私を責める言葉が出てこなかったのは、
もしかしたら、その時既に認知症が始まっていたのかもしれないとさえ思っている
交流が再開する前に既に、
義父は認知症と診断を受けていて、
二人とも定期的な病院通いもあったし、
後に義母の介護認定の必要(デイサービスに行かせるため)もあったので、
介護の仕事をしていた私が助けられる部分は多かった
いろいろと手助けはしても、
心の距離は保っていたので、
また苦痛を感じることも無かった
私は離れた期間があって、
義父母の生活歴や病歴など分からないから、
まずは夫主体の義父母への関わりが始まり、
夫主体なのは今も変わらない
義父母とは離れられたとしても、
夫と結婚生活を続ける限りは、
義父母の存在は、見えないようには出来ても、
消せることは出来ない
逃げることも出来ない
夫共々交流が無かったとしても、
何かしらの介護が必要な状況になれば、役所から子供である夫に連絡が来る
そのゼロの状態から介護が始まるよりは、
幾分様子が分かっていたことで関わりやすかった
介護までも拒絶したいのなら、
夫と別れるしか方法は無くて、
それは子供から父親を奪うことになる
そこは、結局子供のためなのだと思う
子供のために、義父母との距離を取り、子供の為に戻った
ただ、それだけだった
夫に対する気持ちも冷めてしまって離婚したとしても、
夫婦の縁は切れても、
夫と子供との絆は切れない
関わらないで暮らしていったとしても、
介護になって、他にやれる人がいなければ、今度は、
子供に夫の介護はまわってくる
あの時、
そこまで考えて行動したわけでは無かったけれども