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                         クラッシック ガトーショコラ

 
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                               パンナコッタ
 
 
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                          ラ・メゾンのショーケース 許可をもらってパチリ
                            ホールより沢山の種類があって、どれも美味しそう
 
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                      フルーツのタルト

 
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前回の続編です

皆さんの興味を食べ物で引き付けて~(笑)
当日、ルミネ2の2Fのレストランで食べたランチより写真を載せました。

夕食はハワイアンビアガーデンでしたが、余韻に浸り写真を撮ることを忘れていました
帰りの電車は前橋終点のアーバンで電車
ウォークマンで歌を聴きながら余韻にとっぷり浸って・・・ヘッドフォン 


少しコンサートの記憶を書き残しておきます。
最初の曲はVOCALIST4の一曲
《欝りゆく部屋》
去年のコンサートは真っ暗なホールから歌声が響き、左右から青いライトに照らされて登場、今年はスクリーンが上がると明るい会場で徳永さんが真っ白なスーツを着てステージに立ってる演出でした。

そして、あの癒される歌声が響き渡り音譜
ポワ~ン徳永ワールドに引き込まれて

時々飛び交うファンの声
「徳ちゃん」
「徳永さん」
「徳さん」
「ひでちゃん」
「あきちゃん」
「愛してる~!
ヒューヒューなど
こんなに様々な呼び方があるのはファン層が広いからかも?でしょうね。
意外に若い男性ファンもいましたよ~
デビューした頃は生まれていなかったような世代が目につきます。
前のほうセンター近くには男性も多く
「赤いスイートピー」を歌ったときに、男性と目が合い恥ずかしかったと言ってました。
すかさず私の三人隣の20代後半の男性が
「徳永さん、こっちも見て!!」と大きな声で叫びましたショック!
その彼は可愛い彼女と一緒でした~キラキラ
途中、一回だけ二本の指で会場へ向けて投げキス   ラブラブ!
気のせいか私の座る方向だったので、私がNICEキャッチドキドキしました(笑)
どれだけの人が私と同じように思ったかは未知数ですが

VOCALISTのアルバムは3年ぶりかな?
完結編とも言われてましたが、
「これからは外国の曲も含めて名曲をカバーして歌って行きたい」
「原曲が伝えたい事を大切に、皆さんの心に響くことが出来るように歌い続けたい」

大のサッカーファンサッカーの徳永さん、日本代表が敗れた事に対しても触れながら
「チーム一丸となり熱く戦い私達に感動を届けてくれた。自分もスタッフやファンに支えられ今があります。」
「苦しさ辛さを乗り越えたときには必ず自分の糧となる
経験は決して無駄にはならない。」

「以前は自分の為だけにと歌っていたけれども、自分自身の為だけではなく何らかの形で周囲の人達の為になれたらと思っています。」
など等

徳永さんは難病を患い克服してからは考え方が変わり自分が生まれかわったとブログに書いていました。

私はデビューしたころの徳永さんは印象が薄くて正直、興味も無かったです。
でも数年前に歌を聴き、あの歌声から伝わる何だか分からない不思議な魅力でファンになりました。
その後しばらくしてから10年程前の病気の事を知りました。
それで納得!
私が感じたものがなんだったのかが分かったような気がします。


話しが前後しますが、なかなかデビュー出来なく苦しかった頃、アルバイトをしながら夜は毎晩お酒を飲みあかした時代
いつも歌っていた歌が「セーラー服と機関銃」だったかな~(?_?)
曲名、記憶が混乱してしまい思い出せませんが…時代だったかも?あせる
徳永さんにとって、懐かしい思い出の曲
VOCALISTでカバーしてあります。

ある日、YouTubeを検索していたらスター誕生に出た時の動画を見つけました。
結果はどこのスカウトマンの札も上がらずダウンダウンダウン
動画をみた感想としては正直、歌もイマイチ私的にはインパクトも無かったような感じでした。

このライブの日、デビュー曲のレイニーブルーを歌ったとき会場からはイントロから歓声が上がりました。
徳永さんいわく
「当時はあまり売れなかったのにな~
オリジナル曲はとても盛り上がりますよアップアップ
26歳であの歌を作詞作曲して歌ったことはスゴイと思ったけど、今の徳永さんが歌うから伝わり感動するのではないかな?

デビュー当時はヤンチャな感じで可愛い声でしたからね~(笑)

う~ん、はいキラキラ
よい歳の重ねかたをしたいですね!


「壊れかけのRadio」
徳永さんが協力を呼びかけて会場のみんなと一緒に大合唱音譜
楽しかったですニコニコ

和田アキコさんとの出会いのエピソード

10歳の時、お母さんと見たコンサート(福岡)でラストの曲
「あの鐘を鳴らすのはあなた」
幕が降りるとき
身体をそらしながら熱唱する和田さんの姿を見て
《自分も何時かあんなふうにステージに立ちたい》
と思ったそうです。
この出会いがあったから今の歌手としての自分がいると言ってました。
このステージを見なかったら歌手にならなかったかも知れないと
そしてお母さんと和田アキコさんに感謝していると語っていました。
だから徳永さんは自分のコンサートではラストのエンドロールにこだわりメッセージを映し出しているのです。
こうしたから、こうなった
縁や運命などを絡めたお話しもありました。
「何時か和田さんにも自分のコンサートを見てもらいたい」
とも言ってました。

徳永さんのライブに関わりたくて照明などの職に就いた人の話しなどetc
まだまだ語り足りませんが、興味がないかたはとても飽きてしまい嫌になってきてると思うので(
これで終わりにしますねm(__)m

少しだけ…
私の本音トーク

健康な人が羨ましいとか、体調が悪くなると不安で心が負けて潰されそうになり辛いとか、一生抱えないとならない病気と共存しないとならないという現実で落ち込むときも時々ありますが
でも、でも気持ちでは負けずに卑屈にならないで前向きに明るく笑顔で生活して生きていきたいし、皆さんがいつまでも健康で幸せでいられる事を私は心から祈っています。

また長いブログになりスミマセンm(__)m

お詫びとお礼にランチとデザート
ラ・メゾンのタルトでほっこりと楽しんで下さいね!


追記(まだ続くか あせる  
土曜日の夜、ウフッ
夢を見ちゃいました 

真っ白なスーツを着た徳永さんが私をしっかり抱きしめてくれてドキドキ
それ以上のことはなかったけど(爆笑)
徳永さんは身長175㎝ 私は169㎝
なのに、私の頭は徳永さんの胸辺り!?
現実的な身長差と夢のなかの出来事が矛盾してますよね(笑)
それが、夢のなかの出来事なんですよね (爆)
それから、ソニックホールの私の席まで来てくれて二人だけで沢山お話しをしました~
夢でも凄く心が癒されホッとして幸せな時間でしたよ~
ぽわ~ん  
徳マジック、まだまだ続いています

私、完全に壊れてますかね~??(笑)


次回の更新は家庭菜園を予定しています。

今日も貴重なお時間、お付き合い頂きありがとうございました~ (^O^)/
 
 
レイニーブルー デビュー当時
 
レイニーブルー 3年前 薬師寺ライブより