夕食を終え、静かな夜。
時計の針が刻む音だけが聞こえる中で、実弥がふいに口を開いた。
「……休暇、とれそうなんだ」
その言葉に、思わず箸を置いて顔を上げる。
「えっ、本当に? 珍しいね」
実弥は湯呑みを指先で転がしながら、視線を少し逸らした。
「……お前と、どっか行きてぇ。二人だけで」
その低い声に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「二人だけで……」と小さく反芻し、笑みがこぼれた。
「温泉とか、海とか、行きたいね。どこがいいかな」
はしゃぐように次々と挙げるあなたに、実弥は鼻を鳴らす。
「……別に観光なんかしなくてもいい。飯と寝床があれば十分だ」
「もう、そういうこと言うのやめてよ。せっかくだからちゃんと行きたい!」
拗ねるように返すと、実弥はそっぽを向いた。
けれど耳は赤く染まっている。
少しの沈黙。
あなたはふざけ半分で呟いた。
「じゃあ……水着でも買おうかな」
実弥の手がぴたりと止まる。
湯呑みを持つ指がわずかに震えた。
「……服も水着もいらねぇよ」
「え?」
「着ねぇもん」
低い声でそう吐き出した瞬間、彼の頬は真っ赤に染まっていた。
「……はぁ!? なに言ってんの!」
思わず声を上げ、手にしていたクッションでぽすっと実弥を叩く。
照れ隠しの笑い声がリビングに響いた。
実弥はそのまま、頬を赤くしたまま視線を合わせる。
「だってよ……せっかくの休暇だぞ?
人混みも仕事も忘れて……お前だけ抱いて過ごせりゃ、それが一番贅沢だろ」
実弥は顔を逸らしながらぼそりと呟く。
「……もう……でも、ちょっと嬉しいかな」
頬を赤らめながら、思わず笑ってしまう。
実弥は、ためらいもなくあなたをぎゅっと抱き寄せた。
その腕はいつもよりも強くて、まるで逃げ場を与えないようだった。
耳元に、低く熱のこもった声が落ちてくる。
「……休暇中は、俺から絶対逃がさねぇからな」
鼓動の早さが伝わってきて、あなたはそっと背中に手を回す。
――こんなふうに、全身で愛をぶつけてくれる人なのだと改めて思う。
***
翌日。
机の上の書類を揃えながら、あなたは隣の無一郎に声をかけた。
「ねえ、時透くん。私、休暇取っても大丈夫かな?」
無一郎は顔を上げて、少し考えるように瞬きをしてから、柔らかく笑った。
「もちろん、大丈夫ですよ。どっか行くの?」
「うん、まだ決まってないんだけど…」
安心して胸をなで下ろした瞬間、彼は少しだけ言葉を足す。
「不死川さん、元気になってよかった」
「時透くん、いつもありがとう」
照れ隠しのように笑うと、無一郎は小さく頷いた。
その言葉が、心の奥にじんわりと広がっていく。
昨日、実弥に抱きしめられた時の温度が蘇る。