山奥の道を抜けると、深い森の中にひっそりと佇む古民家風の宿が現れた。
瓦屋根の離れからは、白く細い湯気が立ちのぼり、囲炉裏の香りと湿った杉の匂いが胸いっぱいに広がってくる。
案内されたのは、二人だけの離れだった。
食事の時以外、誰も足を踏み入れないという。
中央に囲炉裏、窓の外には月光に濡れる森と、湯けむりを立てる露天風呂。
実弥は荷物を置き、深く息をついた。
「……すげぇな、ここ」
あなたは小さく頷き、笑顔でその腕に触れる。
「ほんとに、私たちだけだね」
その言葉に、実弥の目が一瞬だけ柔らかくなった。
まるで時が止まったような静けさの中で、ふたりきりになった。
囲炉裏の火がぱちりと弾ける音さえ、やけに大きく響く。
実弥は何も言わず、じっとこちらを見ている。
その視線の重さに、胸の奥がざわめき、鼓動が速くなる。
呼吸が浅くなって、この静けさが苦しいほどにまとわりついた。
何かを変えたくて、思わず言葉が口をついた。
「……浴衣に着がえよ」
袖に腕を通すけれど、帯がうまく結べない。
何度も回しては緩み、苦笑いが漏れた。
「貸せ」
実弥が後ろに回り、帯を手に取る。
ざらりとした布が指に触れるたび、彼の呼吸が背中にかかる。
その熱が、薄い浴衣越しにじんわりと広がっていく。
帯を締めるはずの手が、ふと止まる。
次の瞬間、肩口に落ちる指。
ぞくりと背筋が震える。
「……なぁ、もう……無理だ」
かすれた声。
次の瞬間、背中を強く抱きすくめられ、畳に押し倒されていた。
唇が塞がれる。
荒い呼吸が混じり合い、耳の奥まで響く。
「ん……っ」
声を押し殺しても、吐息は重なり続ける。
帯がほどけ、布が音もなく落ちていく。
畳の冷たさと、彼の熱が同時に押し寄せる。
逃げ場のない体温の中で、心臓が早鐘を打つ。
実弥の手が髪をかき上げ、頬を包む。
額を擦り合わせながら、荒く乱れた息を吐き出す。
「……俺だけ見ろ。ほかのもん、全部忘れろ」
低く囁く声と一緒に、深い口づけが繰り返される。
あなたの指先は畳を探るように握りしめる。
力を抜こうとしても抜けない。
肩に、背に、彼の息が落ちて、熱と震えを刻んでいく。
囲炉裏の火がぱちりと弾けた音にかき消されるように、
吐息と名前とが絡み合い、
部屋の中はふたりの音だけで満たされていった。