深夜のオフィス。
無一郎は出張で不在で、広いフロアにはあなたと義勇だけが残っていた。
パソコンのキーを叩く音と、コピー機の作動音がやけに大きく響く。
静まり返った空間が、かえって心臓の音を際立たせていた。
(……また、この状況……)
あなたは視線を画面に固定し、義勇の方を見ないようにする。
けれど意識は否応なく隣に引き寄せられ、胸の奥で早鐘を打ち続けていた。
義勇が立ち上がり、給湯スペースへ向かう。
しばらくして戻ってきた彼は、黙って湯気の立つカップを差し出した。
「……眠気覚ましに」
指先が触れ合ったのはほんの一瞬。
それだけで胸はきゅっと縮み、息が詰まる。
静寂を破ったのは、書類を揃えながら投げかけられた声だった。
「……不死川は、よく頑張るな」
その声音には、上司としてでも同僚としてでもない、別の温度が滲んでいた。
「……っ」
ペンを落としそうになり、慌てて拾い上げる。
指先の震えが止まらない。
顔を上げると、義勇は真剣な目をしてこちらを見ていた。
言葉を探しているのが分かる。
でも結局、沈黙が流れた。
長い沈黙のあと、義勇はわずかに視線を逸らす。
「……いや……すまない……なんでもない……」
静かに書類に目を戻す。
その横顔には、何もなかったような冷静さが戻っていた。
けれど、あなたの心臓はまだ落ち着かない。
キーを叩く音だけが響く夜。
二人の間に言葉はなかった。
それでも胸には、義勇の余韻が確かに残り続けていた。