――同じ時間、別のオフィス。
「おい! そこ違ぇだろ、ちゃんと見ろ!」
実弥の鋭い声が響き、机に広げられた資料を指先で叩く。
部下は慌てて赤ペンを走らせた。
腕まくりした姿はいつも通り。
眉間に皺を寄せ、妥協を許さぬ眼差しで資料を追うその横顔に、
周囲の社員は緊張しつつも、どこか安心していた。
不死川実弥――その名は業界内でも知られている。
強引さもあるが、必ず仕事をやりきる力。
そして部下を引っ張り上げる実直さで、信頼を勝ち得ていた。
けれど彼自身はまだ気づいていない。
妻の会社で、新しい風が吹き始めていることを。
冨岡義勇という男が、彼女のすぐそばに立ったことを。
義勇もまた、業界で名を馳せる存在。
知らぬ間に、同じ業界で生きる二人の男が、私生活の延長で交錯しようとしていた。
「……すみません」
部下が小さく声をもらす。
「次は間違えんな」
実弥は短くそう言って、背を向けた。
その声音は厳しいのに、不思議と安心を与えるものでもあった。
その日の彼の一日は、何気ない日常のまま過ぎていった。
――まるで、嵐の前の静けさのように。