カオラック - 5億円の裏金話 | 旅人日記

カオラック - 5億円の裏金話

Kaolack1-1 ここカオラックの町にははっきり言って大した見所はない。
強いて挙げれば「北アフリカではマラケシュの次に大きな屋内市場」という謳い文句付きの市場くらいか。
あとは、町の北郊外に大きなモスクがあるけれど、どちらも大して見ごたえのあるものではなかった。
ダカールからガンビア方面に向かう旅行者の多くが立ち寄りもせずにすっ飛ばしてしまうこのカオラックだが、久々の移動でちょっと疲れていたこともあり、3日ほど滞在しながら市場や郊外をぷらぷらと散策しながら過ごしていた。

たぶん来るだろうとは思っていたけれど、昨夜俺にしつこく付きまとってきたホモのジュブリが案の定また宿にやって来て「町を案内する」と言ってきた。
断ると「んじゃ、昨日宿まで案内してあげたんだから、カッドゥをくれ」と言う。

カッドゥというのはフランス語で贈り物・チップ・賄賂などの意味を持つ、現地人たちにとってとっても便利な言葉だ。
アフリカのフランス語圏ではガキどもやタカリ屋などから何度となくこの「カッドゥ」をせびられていた。
何だよ、ホモだと思ってたら、結局はタカリ屋だったのか、コイツ。
どっちにしてもウザイことには変わりない。

「知るか。『友人の宿』に連れて行くというから付いて行ったんじゃないか。俺を紹介した手数料が欲しいのならその『友人』とやらに頼めばいいだろう?」
雰囲気から察して、宿の人たちとは友人でも何でもないのは明らかだったのだ。
するとさっきまでニコニコしていたジュブリがいきなり怖い顔つきに変わり凄んでくる。
オカマは豹変するから恐ろしいというが、ったく、こういう人種はホント手に負えない。
仏語でのやりとりに限界を感じ、同じ宿に泊まっていた二人のガンビア人に助けを求める。
ガンビアの公用語は英語なので、通訳を頼んだのだ。
このガンビア人たちが親切に間に入ってくれ、なりふり構わず怒り狂うジュブリをなだめつつ、俺を宿の奥へと下がらせてくれた。
ヤツの相手には辟易していたところなので本当に助かった。

このガンビア人たちとは夜になってから宿の入口でまた話す機会があった。
英語を話していたので二人ともガンビア人だと思っていたら、一人はコートジボワール人だと言う。
もう一人はやはりガンビアの人で、どこかの町の警察署長らしいが休暇でセネガルに来ているとのこと。
その警察署長がコートジボワール人のことを指して「彼が君の代わりに昼間の兄ちゃんに1000セーファー払ってやったんだぞ」と言う。
ありゃりゃ、払っちゃったんだ、しょうがないなぁ・・・。
コートジボワール人のおっちゃんに1000セーファーを渡そうとするが、笑って受け取ろうとしない。
「気にするな。それよりちょっとここに座って話していけよ」とコートジボワール人。
世話になってしまったことでもあるし、しばらく彼らとの世間話につきあうことに。
どこから来てどこへ行くんだとか、日本では何していたんだとか、現地の人たちとよく交わす何気ない話を続けていた。

すると、しばらくしてコートジボワール人のおっちゃんが「ちょっとあっちで二人で話そう。聞いてもらいたいことがあるんだ」と言い、宿に併設されているレストランへと誘われた。

セウェルと名乗るこのコートジボワール人、年上だと思っていたら実は4つも下だった。
セウェルも俺のことはずっと年下だと思っていたそうだからお互い様か。
コートジボワールの公用語はフランス語のはずだが、このセウェルはかなりまともな英語を話す。
それなりの教育を受けた人間であることを感じさせていた。

薄暗いレストランの奥の一角のテーブルに座り、セウェルは二人分の飲み物を注文してから神妙な顔つきになって話し始めた。

「実は・・・その前に、この話は絶対口外しないと約束してくれるか?」

何だ何だ?
アジアでありがちな詐欺系の手口か?
インドやタイなどでは旅行者に旨い儲け話を持ちかけて騙そうとする輩の話をよく耳にするけれど、その場合「絶対誰にも言わないでくれ」という前置きが決まり文句のようになっているそうな。
アフリカではスリや強盗の話はよく聞くが、知能犯的な話は聞いたことがない。
こいつはちょっと面白いんでないかい。
どんな手口なのか是非ご披露してもらいたいものだ。

「ああ、誰にも話さないよ。約束する」
「さっきマサは、以前金融関係の仕事をしていたって言ってたよな」
「でも今は無職の身だぜ」
「聞いてくれ。これはさっきのガンビア人や宿の連中にも話していないことなんだが・・・まずここに米ドルで500万の現金があると思って欲しい」
「ほーっ、そいつはまた大金だね」

と、何気にのんきな返事を返してみたものの・・・。
米ドルで500万だと?日本円にしたら5億円以上じゃないか。
一体何の話を始める気なんだ?

「ちょ、ちょっと待て。500万ドル??そんな大金が部屋にあるとでもいうのかい?」
「いや、ある場所に隠してあると思ってくれ。場所は言えない」

旅行者を相手にする詐欺の手口にしてはいきなり話がでかすぎる。
俄然面白味が増してきたじゃないか。
からかい半分だった俺も自然と身を乗り出して話を聞くようになった。

「それで、その500万ドルがどうしたって?」
「それが・・・ちょっと問題があるカネなんだ」
「偽札か?」
「いや、偽札じゃない。正真正銘本物の米ドル現金だ。ただ・・・『汚れて』いる」
「ふむ」
「このカネを『きれいに』するためにはある種の『魔法の薬品』が必要なんだ。マサならこの意味が分かるだろう?」

ピンときた。
マネーロンダリング、資金洗浄の話というわけか。
犯罪などで不正に得たカネをまともなカネに変える行為だ。
てことは、このセウェルは犯罪集団の一員というわけか?
それにしても5億円規模の犯罪なんて・・・。

「公に銀行には預けられない裏金っちゅうことだな」
「話が早くて助かる。そんなことをすればすぐアメリカやEUに没収されるのさ」
「出所が気になるな。まさか銀行強盗をやらかしたというわけでもなかろう?」
「違う。そんなんじゃない。話せば長くなるんだが・・・マサは1999年のコートジボワールのクーデターのことは知っているかい?」
「いや、正直な話、ゴタゴタがあったことは知っているけれど、詳しいことは何も」
「まぁいい。その政変のどさくさに紛れて、ある銀行からカネが流出したんだ。出所はそこだと思ってくれればいい。ずっと行方知れずだったそのカネが三年前にやっと発見されてね」
「ほう」

面白ぇ。
まさかそんな話が飛び出してくるとは夢にも思わず。
まるでハードボイルド小説の登場人物にでもなったかのような気分だ。

「俺は実は政府に使える役人で、今はある任務を帯びてそのカネをここまで運んできたんだ」
「ダカール辺りでカネを洗って国に戻るってことか」
「その通り。本来なら俺の上司に当たる人間がこのカオラックで待っているはずだったんだ。俺は彼にカネを渡しさえすればよかった。だが、3日前ここで落ち合う予定日に着いてみたら、彼はすでにいなかった」
「どうして?」
「別件の急務でアメリカに飛んでしまったようだ。連絡は取れている。ダカールのある組織に依頼して『薬品』購入の手続きを進めろという指示を受けた」
「ならそうすればいいじゃないか」
「ところが、ここで問題がある。その『薬品』の購入には汚れていない普通の現金で1500ドルが必要なんだ」

ふむふむ、ということはその1500ドルについて何とかしたいことを俺に相談してるっちゅうわけだな。
ようやく話が普通の詐欺っぽいレベルにまで下がってきた。
それにしても、詐欺にしてはやたらと話が遠まわし過ぎる気がするなぁ。

「悪いけど1500ドルなんて、俺が協力できる話じゃないぜ」
「仮に500万ドルのカネを洗うのに1リットルの『薬品』が必要だとしよう。その半分の500ミリリットル分でも構わないのだが」
「無理無理。一介の旅行者に持ちかけるような話じゃないよ」
「だが、俺には他に頼れるやつがいないんだ。欧米人には絶対話せないし、セネガル人も信用できない。日本人は金持ちだしウソをつかない民族だと聞いている。これは投資だと考えて欲しいんだ。協力してくれればマサには十分な見返りがある」
「無理だって。俺の旅費にはそんな余裕はどこにもない。それに数日後にはガンビアに向かう予定なんだ」
「信じていないんだな・・・。きっと500万ドルの現金を実際に見れば気が変わるはずだ。明日隠し場所に案内しよう。頼むから一度見てやって欲しい」

ほ、本当に存在するのか、その現金・・・。
ひょっとして・・・詐欺なんかじゃなくて、マジなのか、この話?

「勘弁してくれ。俺はそんなヤバイ話に首をつっこみたいとは思わん」

半信半疑ではあったが、もし仮に事実だとしたら、カネなんか見てしまったらそれこそ後戻りできなくなるだろう。
いずれにしても、この辺りで話を切り上げておいた方が無難である。

「どう考えても俺には協力はできない話だ。口外しないと約束するから、俺のことは諦めてくれ」
「そうか・・・。だが、何か他にいい案はないだろうか?マサなら『薬品』を使わなくてもよい解決策を知っているんじゃないか?」
「いや、正直な話、俺にもどうしていいかさっぱりだよ・・・。そもそもだな、日本人でそんな危なげな話に乗るヤツはいないと思うぞ。そうだ、例えばの話、中国人に持ちかけるというのはどうだい?この町にも中国人がいるんじゃないか?」
「カオラックには着いたばかりで何も知らない。中国人がいるかどうかも分からない」
「ダカールでは結構見かけたぜ。アフリカの人から見たら日本人も中国人も同じに見えるかもしれないけれど、文化的には結構違うんだ。特に華僑の人たちは一族で連携して商売をしていて資金力があるし、投資に対しても日本人よりよっぽど興味を示すと思う。少なくとも俺のような旅行者を相手にするよりはマシなはずだ」
「日本人と中国人の違いは知っている。中国人はみな背が低い」
「そ、そうか?大して変わらないと思うけど・・・」
「日本人は背が高く、みな長髪だ。マサのようにな」

冗談ではなく、本気で言っている様子。
たぶん日本人など今まで見たことがなかったのだろう。
かわいいじゃないか、ここはあえてつっこまないでおこう。

「ダカールの中国人に知り合いはいるか?」
「いや。でも、独立広場の脇に大きな中華レストランがあったぜ。他にもサンダガ市場の北の辺りの地区で何軒か中国人経営の商店を見かけたよ」
「サンダガ市場か・・・名前だけは聞いたことがある」
「ダカールには行ったことないのかい?」
「セネガルですら初めてだ。ここまでは陸路で国境を越えてきたんだ。さすがにあんなカネを抱えていては飛行機は使えない。荷物は全部X線を通すだろう?一発で見つかっちまう」
「国境や検問所ではよく見つからなかったな」
「苦労したよ。でも国境での荷物検査はない所が多いし、検問の方は賄賂で何とかなるものなのさ」

ここまでのところ、話としては一応全て筋が通っているように聞こえる。
日本人がみな長髪だということ以外につっこみどころが見当たらない。
詐欺系の話などは、冷静に考えればそれはおかしいと思える点が必ずどこかにあるものだ。
作り話にしては出来すぎているし、何よりこんな突拍子もない話を詐欺に使うというのはちょっと考えにくい気もする。

ただ、一つだけ大いに気になる点が。
仮にこの話が実話だったとして、そんな重要機密的な話を会ったばかりの人間に打ち明けるはずがないではないか。
見ず知らずの外国人などに話していい内容ではない。
とすると、やはり詐欺か・・・。

ま、どっちでもいいか。
いずれにせよ、これ以上係わり合いにならない方が身のためだ。
壮大な作り話を聞かせてもらえたということで、それ以上は深く考えないでおこう。

「ダカールの中国人か・・・確かに試してみる価値はありそうだな。どうしたものかと途方に暮れていたけれど、お陰で希望が見えてきたよ」とセウェル。
「あくまで可能性の話だ。上手く行く保証はしないよ」
「こんな話を真剣に聞いてくれるとは正直思わなかった。マサはいいヤツだな。理由は分からないけれどマサを最初に見かけた時に感じてたんだ。彼に話せば何とかなるんじゃないかってね」
「なかなか興味深い話を聞けて、こちらも楽しませてもらったよ。ジュースもご馳走になって悪かったね。もういい時間だ、そろそろ寝るとするよ。オヤスミ」と俺は席を立つ。
「ああ、長い話につきあわせて悪かったな。また明日」


その後はセウェルとは顔を合わせることなく数日が過ぎ、俺はそのままガンビアへと移動していくことに。
彼の話がウソかホントか、今となっては確かめるすべもない。

だが後日、やはり少々気になっていたので、コートジボワールという国についてパソコンに入っている電子百科事典で調べてみた。
すると、その近現代史の説明文の中に妙に気になる一文があるじゃないか。

「1999年6月、EU開発基金からの多額の援助金が使途不明になっていることが明らかとなり、閣僚の更迭がおこなわれた」(エンカルタ総合大百科より)

さらに、この年の12月にはクーデターが発生し軍政へと移行、1年後に民政に復帰するまでの間にコートジボワール国内ではかなりのゴタゴタが起こっていたらしい。
もしかして・・・セウェルの言ってた500万ドルの出所って、この使途不明になった開発援助金だったりするのか???
ま、まさかね・・・。でももし実話だったとしたら・・・。
5億円以上の裏金なんて容易に拝めるものではない。
せっかくだから見るだけでも見させてもらえばよかったかなぁ・・・。

口外しないと約束したのに、ついブログのネタに使ってしまった。
ま、ここに書いたところで何がどうなるわけでもないから問題ないと思うけど、面白い話を提供してくれた彼のために念のためお約束の断り書きを付け加えておくとしよう。

<<この話はフィクションであり、実在の人物・団体および裏金とは一切関係ありません>>