ダカール脱出 - 強盗もホモもお呼びじゃないぜよ | 旅人日記

ダカール脱出 - 強盗もホモもお呼びじゃないぜよ

Dakar8-1 マドリッドに飛び立つメグミちゃんを見送った次の日には、俺も宿を引き払ってダカールを脱出することにした。
いや、正直に言えば、もう一泊ゆっくりしてからにしようかと企んでいたのだが、あいにくと安い一人部屋が埋まっていたため、仕方なく脱出せざるを得ない形であった。

別れる前に、彼女から小型のMP3プレーヤーとスピーカーのセットや、ロンプラ「西アフリカ」のガイドブックや、仏語辞書などを餞別に頂いてしまった。
旅にはとても便利な品々ばかり、大事に使わせてもらうとしよう。
さらに、俺の方で不要になった荷物を日本に持って帰ってくれもした。
彼女には最後の最後まで色々と世話になりまくってしまったなぁ。
日本に帰ったら旨い味噌ラーメンを出す店に連れて行ってあげるとしよう。

さてさて、異常に長引いてしまったダカール沈没だが、何はともあれ脱出できたのでメデタシメデタシである。
次の目的地であるカオラックの町はダカールからバスで3時間ほどの距離。
久々に動かす身体にとってお手軽な移動距離だ。
軽い気持ちでバスターミナルに向かう。

ロンプラの地図を頼りに町の北側にあるバスターミナルを目指す。
宿からはちょっと遠かったが、徒歩でも何とかなりそうな距離だったので、タクシー代をケチって歩いて行くことに。
途中で大掛かりな道路工事をしている場所があり、道がよく分からず警官や地元の人に聞きまくりながら何とか場所を探り当てた。
ところが、ターミナルに着いてみると、バスなど一台もなく、ただ広々とした空き地が広がっているだけ。
ん、ひょっとして場所が移ったのかな?
とりあえず荷物を降ろしてその上に腰をかけ、近くにいたガキどもに尋ねてみる。
すると、やはりターミナルは移転しているようで、ここから乗合いタクシーで行けるモニョフィという地区にあるそうだ。
しゃーないな、一服してからそっちに向かうとしようか、とタバコに火を付けて一休み。

と、その時である。
ヤツらは突然やって来た。

この元バスターミナルの周辺はダカールの中でも比較的荒れ果てている地区で、ちょっとした貧民街になっている。
ここに来るまでの間もちょっと雰囲気悪いなぁと感じていて、できるだけ早くバスを見つけて乗ってしまおうと考えていたのだ。
その貧民街の方から大柄な男どもが5~6人、わらわらと寄って来て、あっという間に取り囲まれてしまった。

もう寄って来た瞬間から彼らの目つきを見て「コイツらヤル気だ」とはっきり感じていた。
冗談が通じそうな雰囲気ではまるでなく、重いバックパックを背負っては逃げ切れるものでもない。
実は長い旅人生の中で実際に襲われるのは初めての経験。
正直ちょっとパニックになりかけたのだが、少なくともここは抵抗せずに成り行きに任せた方が身のためだと直感した。
以前から襲われてしまった時のイメージトレーニングをしていて、それは「ハッタリ空手の技を披露しつつ相手をビビらせるか、もしくは笑いをとって強盗さんとは仲良くなってしまいましょう」作戦なのだが、この場でそんなことをしようものならいきなり袋叩きになりそうな雰囲気だ。
今さらながら自分の甘さに気づかされる。

有無を言わさず両側からもの凄い力で腕をつかまれ身動きが取れない状態になる。
棍棒のようなものを手にしたヤツまで近寄って来た。
あんなので頭を殴られたらたまったもんじゃないぞ。

幸いなことに、男たちは大声で威嚇してくるものの、すぐに殴りかかったりはしてこなかった。
さすがは腐ってもムスリムということか、強盗でも多少の良心はあるようだ。
と思ったら、必ずしもそういうわけではなさそうで、何やら口々に「コイツは俺の獲物だ!」とか「ふざけんな、俺が最初に目をつけたんだ!」みたいなことを言い合っている。
男たちが言い合う度に俺の身体は右へ左へと引っ張られる。

おいおい、お前ら仲間割れなんかしてないで、みんなで襲って後で分け前を折半した方が得なんじゃないか?
状況が状況なだけに「獲物」の俺がそんなツッコミをかましている場合ではない。
まな板の上の鯉状態の俺にできることといえば「襲われるならどの料理人が一番痛くなさそうかな」と、この状況の中での最善の選択肢を求めて思案をめぐらすことくらいだ。
いや、こんな調子ならひょっとしたら話し合いの余地もあったりするんじゃないか?

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょーーーっと待ってくれ、何?何?何?一体何がどうしたっていうのさ!頼むからちょっと待ってくれ!」

状況にビビリまくってパニくった人間を演じてみる。
いや、別に演じるまでもなく、そのままの自分の姿であった。
こんなにビビっているヤツなら襲わなくてもカツアゲで済むと思ったのだろうか、男たちの掴む手の力が若干弱くなるのを感じた。

と、そこへ待望のオタスケマン登場。
同じように貧民街の住人で男たちの仲間ではあるらしかったが「やめろ!お前ら何やってるんだ!」と彼らに食ってかかり、強引に彼らの手を振りほどいてくれた。
俺を襲おうとしていた男たちよりずっと細身の兄ちゃんなのだが、頼もしいことこの上ない。

「大丈夫、心配要らない!俺に付いて来い、早く!」

この兄ちゃんも完全に信頼できるかどうか一抹の不安があったものの、一刻も早くこの場を離れたかった俺は藁にもすがる思いで付いて行く。
騒ぎを聞きつけたのか、やや遅れて警官も駆けつけて来た。
先刻、俺がバスターミナルへの道を尋ねた二人の警官だ。
後ろを振り返ると、男たちはいつの間にかどこかへ姿を消していた。

ほっ・・・。
どうやらこれで助かったようだ。
男たちに掴まれていた際に上着についたポケットのチャックをいくつか開けられていたようで、そこにはパスポートなど色々と貴重品が入っていたのだが、幸いなことにライターが一個なくなっているだけで他は全部無事だった。
助けてくれた兄ちゃんと警官たちに被害のなかった旨を伝える。

「よかったな!俺が通りがからなかったら身包みはがされてたかもしれないぜ!」
まだ震えが止まらない俺の肩をポンポン叩きながら親指を突き立てる兄ちゃん。
あぁマジで助かったよ、一時は完全に観念してたからなぁ・・・。
三人に護衛されるような形で貧民街を脱出し、乗合いタクシー乗り場まで連れて行ってもらった。
兄ちゃんたちに厚くお礼を述べ、乗合いタクシーで移転先のバスターミナルに向かう。

うーん、ダカールには長居をしすぎていたせいか、ちょっと甘く見ていたところがあったからなぁ、反省だ。
この日は日曜日で、日曜や祝日は昼間でも治安が悪くなるのは知っていたのに、荷物を背負ってノコノコ歩いていた自分が悪いといえば悪い。
バスターミナルの場所もロンプラの情報を鵜呑みにせずに事前にちゃんと確認しておけば、あんな場所に迷い込むことはなかったのだ。
今回はいきなり殴りかかったり銃を使ったりする連中ではなかったのでまだ助かったが、今後はどの町でも治安状況の確認には最善の注意を払う必要がありそうだ。

乗合いタクシーで辿り着いたバスターミナルでカオラック行きのミニバスに乗る。
乗客が集まるまでに3時間ほどかかり、それからさらに3時間かけてカオラックの町に到着。
町に着く頃には日もとっぷり暮れて辺りは真っ暗であった。
バスが着いた場所から市街地までは地図で見る限り1キロちょっとしかなかったが、ここは昼間の教訓を生かして大人しくタクシーを使うことにした。

タクシーで目的の安宿に乗り付けるが、あいにく満室とのこと。
別館の方なら空いているかもしれないと言う。
宿にいたジュブリという名のドレッドヘアーで背の高い兄ちゃんが、通りの向かいにある別館に案内してくれた。
が、残念ながらそこも満室。

「近くに別の宿があるから連れて行ってあげよう」
親切な兄ちゃんだなぁと、考えなしにのこのこ付いて行った。
その宿は部屋は空いていたのだが、かなり高めだったのでさらに別の宿を探すことにした。

「他にもっと安い宿があるのを知っている」
ジュブリの兄ちゃんはそう言ってさらに連れて行こうとするが、この頃までにこの兄ちゃんが何となくホモっぽいことに気がついていた。
「友人が働いている宿だから、俺が一緒に泊まると言えば安くなるはず」
オイオイオイ、誰が一緒に泊まるって??

はっきり俺にはその手の趣味はない旨を伝えたいところであったが、俺の拙いフランス語の知識ではどう表現したらいいのやらさっぱりだ。
「もういいよ、ありがとう。後は自分で探せるから」
そう伝えるのが精一杯だった。

ところがその後も諦めようとせず、しつこく友人の宿に連れて行こうとする。
荷物を背負ったままの俺はちょっと疲れていたこともあって、とりあえずその宿まで付いて行くことにした。
その宿の部屋代も少々高めではあったが、もう面倒だからここに部屋を取ることに決める。
ジュブリは案の定すぐには帰らず「そこのベッドに座ってちょっと話をしてもいいかな?」などと恐ろしげなことを言ってくる。
ホモ=エイズではないのは当然だが、アフリカではHIV感染者の割合は極めて高いと聞く。
目の前の男がマラリア原虫を媒介するハマダラ蚊よりも危険な存在に見えてきた。
「いや、疲れているんだ。俺はもう寝るから悪いけど話があるなら明日にしてくれ」
部屋には入れず、ドアの所で追い返そうと試みるが、なかなか帰ろうとしてくれない。

「明日は市場を案内してあげるよ。そうだ、ガンビアに行くなら俺も一緒に行くよ」
市場はともかく、ついさっき会ったばかりの人間と一緒に旅しようと思うヤツなんているのかよ。
「いや、結構だ。俺は一人で見て周りたいんだよ」
「明日の昼飯はウチで食事を作ってあげよう」
「それも結構。悪いけど、俺は早く横になりたいんだ。もう勘弁してくれ」
「マサは家族はいるのかい?結婚してる?歳はいくつ?」
「独身だ。歳は三十三。若く見えるかもしれないけどね、君よりずっと年上なんだよ」
見たところ二十五・六くらいの彼はちょっと驚いている様子。
たぶん俺のことを同い年か年下くらいに思っていたんだろう。
その後もしつこく話を続けようとするが、俺もいいかげんイライラしてきた。
「ハイハイ、もう分かったから、じゃあね!オヤスミ!」
強引にドアを閉めて鍵を掛ける。

ふぅ。
久方ぶりに旅を再開してみりゃ、初日から強盗に襲われかけるはホモに付きまとわれるは、ったくたまったもんじゃないよなぁ。
こういうのも現実のアフリカの一側面と考えるべきなのだろうか?
単純に移動を重ねるだけでも結構辛い地域なんだから、できればそれ以上の厄介ごとは勘弁願いたいよなぁ。