ダカール沈没記(完)- 脱出前夜 | 旅人日記

ダカール沈没記(完)- 脱出前夜

Dakar7-1 メグミちゃんがダカールに来てから、あっという間に三週間が経った。
その間、今までの旅の思い出や、他の旅行者たちの噂話や、お互い日本に帰ってからのやりたい事などについて色々と語り合っていた。

一時はすぐに日本に帰ることをかなり渋っていた彼女だが、意を決してスペイン行きのチケットを買い、数日後にはマドリッド経由で日本に向かう予定でいる。
その彼女が日本に帰ってからあれをしようこれもしようという話を繰り返す。
そんな話を聞いているうちに、俺自身の気持ちもどんどん帰国の方向に引きずられてしまいつつあった。
長期旅行者同士の間でよく繰り返される足の引っ張りあいに似ているのだが、その手のことに慣れている彼女から時折強烈なパンチが放たれてくる。

「マサさんもとっとと日本に帰っちゃえばいいのに。楽しいですよ日本は。ついでにマドリッド案内もしてくださいよー」

マドリーか。
久々に生ハム食べたくなってきたなぁ・・・。
いやいやいや、そんな安易な理由で旅をやめるわけにはいかん。
そりゃ久々に日本に帰りたいのは山々だけれど、今ここで帰ったら自分自身に負けたことになる。

「最近気がついたんです。『自分に負けちゃいけない』っていう、その気持ちに負けちゃいけないんですよ。もっと自分の心に素直になって、やりたい事をやればいいんです。別にここで旅をやめても誰も責める人はいませんて」

そ、それは確かに一理ある話だ。
「やりたい事しかやらん!」というのが俺の生活信条だしなぁ・・・。

「日本に帰ってタカさんやマコっちゃんたちと一緒に飲み会開きましょう」

タカさんもマコっちゃんもすでに帰国している俺らの旅仲間だ。
た、楽しそうじゃないか・・・。

日本かぁ・・・。
「五右衛門」の味噌ラーメンが恋しいなぁ。
あの店はまだやっているだろうか・・・?
ふと、そんなことを考えてしまったのが運のつき。
頭の中はもう完全に味噌ラーメンに支配されてしまった。

味噌ラーメン、味噌ラーメン、味噌ラーメン、冷やし中華も悪くない、でもやっぱり味噌ラーメン・・・

モーリタニアにいた頃「こうなったらアフリカ大陸全制覇してみせるぜ!」などと意気込んでいたのが遠い昔のことのように思える。
それがここへ来て気持ちは完全に「味噌ラーメン」にまっしぐら。
もう何もかも投げうって味噌ラーメンと生涯を共にしてもいいんじゃないかという意味不明の情熱すら沸いて来た。

「味噌ラーメン、いいですねー。ま、帰らないなら私が代わりに食べてあげますからご心配なく」

ぐっ!
いかん、ダメージくらいまくっている、負けそうだ。

帰国するか、旅を続けるか、の二者択一の選択肢。
目の前にぶらさがったこの選択を自らの手で選ぶとなると、今の俺なら確実に安易な方に手を伸ばしてしまうであろう。
ここは何か別の方法で決めた方がよさそうな気がする。

実は最近、一つ気になっていることがあった。
手持ちのクレジットカードの有効期限が今月末で切れる予定で、もうそろそろ新しいカードが届いている頃なんじゃないかと思っていたのだが、実家の方からはまだ何の連絡もない。
届けば連絡があるだろうと安直に考えて今まで確認するのをすっかり怠っていたのだが、もしかしたら実はすでに届いているのかもしれない。
もしこの時期になってもまだ届いていないようであれば、それはちょっと問題なのである。
アフリカにもクレジットカードがないとビザが取得しづらかったり、国境で入国を拒まれたりすることのある国がいくつかあるのだ。
何か問題があって新しいカードが送られて来ていないようであるなら、一度日本に帰って別にクレジットカードを作るなり何なりした方がいいかもしれないという話になる。

そんなわけで、とりあえず実家にカードが届いているかどうか確認のメールを送ってみた。
行く先を占う賽の目の結果を待つような気持ちだ。
両親からの返事は「届いているぞ」とのこと。

・・・・・・・ほっ。

不思議なものである。
帰国ではなく、旅を続ける方の道が選ばれたというのに、何故か安堵の心が生じてきた。
運命の女神に励まされたかのような気分だ。
ちょっと前まで完全に帰国に向かっていたはずの心が、徐々に旅へ向けて動き出した。
この上向きの気分を失ってはならない。

よしっ、もう迷いはしないぞ。
味噌ラーメンがどうした。
そんなもの日本に辿り着いてから死ぬほど食いまくってやる。
行くところまで行ってやるぜ、うりゃ!