アイト・ベン・ハッドゥ3 - 「騙されたっ!」 | 旅人日記

アイト・ベン・ハッドゥ3 - 「騙されたっ!」

ABH3-1 昨夜はだいぶ早めに寝付けたこともあって、この日ちゃんと早起きすることができた。
日の出前で空は薄暗く宿の連中もまだ寝ているようだったが、風邪引かないように厚着をしてからいそいそと外に出る。
外気は肌を刺すように寒く、吐く息も白い。

川を渡ってカスバの前で待ち構え、オアシスの向こうから輝きを放ち始める眩しい光を身に浴びる。
光は丘の上から徐々にカスバ全体に差し掛かり、茜色に染まりゆく様をゆっくりと眺める。
村人もまだ寝静まっているようで、観光客も一人もいない。
川のせせらぎだけがチロチロと静かに流れている。
この美しい光景を独り占め・・・最高の気分だ。

宿に戻り軽い朝食を済ませ、手荷物をまとめてからまた外に出る。
川の渡し場にたたずんで、しばしカスバの見納めをしていた。

しばらくすると、この日最初の団体客の御一行がやってきた。
渡し場の手前でガイドが客たちにカスバの説明をしている。
ぱっと見は金持ちモロッコ人といった感じの人たちなのだが、どことなく雰囲気が違う。
ガイドが話す言葉に耳を傾けてみても、どうもアラビア語ではないようだ。
フランス語のようも聞こえないこともないけれども、それとも違う。
どこかで聞いたことのある言葉なんだけれども、いまいち思い出せない。

何気なく彼らを眺めていたら、渡し場の近くに店を構えるハッサン親父も顔を出してきた。
ガイドとは顔見知りらしく、親しげに挨拶を交わしていた。
「あの人たち、どこの国の人?」と聞いてみると、
「イスラエルからだよ。ユダヤ人さ」とのこと。
なるほど、あれはヘブライ語だったか。
「おっちゃんはヘブライ語もできるの?」
「いやぁ話せないよ。でも単語単語でアラビア語に似たものもあるからね。少しくらいなら聞き取れる」
「イスラエル人もモロッコには来れるんだね。他のイスラム教国では入れない国も少なくないようだけど」
「モロッコはどんな人たちでも歓迎するのさ。イスラエルという国ができてからは彼らも出て行ってしまったけれど、昔はモロッコにもユダヤ人がたくさん住んでいたんだよ」
「らしいね。でも政治的な関係はどうなの?うまくいってる?」
「うーん・・・おっちゃんも正直にいえば彼らのことはあまり好きじゃない。政治的にも問題があるかもしれない。でも政治と人とは別さ。彼らも世界中で嫌われている可哀相な連中だしね。モロッコは他のイスラム教国よりも異教徒にはずっと寛容なのだよ。数は少ないけれどもこの国にはキリスト教の教会もあるし、ユダヤ教のシナゴーグだってある。どんな宗教の人でもみな歓迎さ」
「いいね、そういうの。俺もこの国はとても居心地がいいよ」

カスバの見納めも十分に済ませ、ハッサン親父にも別れを告げる。
「またいつか。おっちゃんの商売が上手くいくように祈ってるよ!」
「ありがとう。君も元気でな。・・・あ、ちょっと待った!」
「ん?」
「最後にもう一回だけ寄っていけ。一分でいいから(笑)」と俺の腕を掴む。
「ったく、ホント相変わらずだなぁ(笑)」
「ガハハ、冗談だ。よい旅を!」

ABH3-2他の土産物屋の親父たちや宿の兄ちゃんたちにも別れを告げ、来た時と同じようにまた街道を歩いてマレ川まで戻る。
アイト・ベン・ハッドゥの村で過ごしたこの3日間、なかなか思い出深いいい旅だったように思う。
天気も最高だったし、完璧だね、めでたしめでたしだ。






・・・ん?
表題の「騙されたっ!」って何のことかって?
実はそれはこの後のワルザザートに戻る道すがらに起こることなのである。

マレ川からも来た時と同じように乗合いタクシーでワルザザート方面に向かったのだが、まだ時間に余裕があったので帰りがけにティフルトゥトのカスバにも立ち寄っていくことにした。
アイト・ベン・ハッドゥというメインディッシュを楽しんだ後でカスバはもう満腹状態だったのだが、最後のデザート代わりにもう一つくらい見ておこうと思ったのだ。

ワルザザートまであと8キロの地点で降ろしてもらう。
そこから脇道にそれて1キロほど歩いた場所に、そのティフルトゥトのカスバはあった。
見た感じでは中身はたいしたことがなさそうだったので、外面だけ写真に収めてから帰途に着く。
タクシーも使わず歩きで帰るつもりなのだが、ここで一つの問題が。

手持ちの「地球の歩き方」によると、ワルザザートから来た場合、このカスバは道の右側に見えてくると説明されている。
ところが、実際に俺が歩いてきたように主要街道の8キロ地点で脇道にそれて辿り着くと、カスバはなぜか道の左手にあるのだ。
図で書かないと上手く説明しづらいのだが、その脇道はカスバをぐるりと囲むようにして巡り、カスバの近くで二手に分かれて、一方は別の町の方角へ、もう一方はどうやらワルザザートに続いている様子。
地元の人に尋ねてみても、その道を通ってワルザザートに戻ることができるという。
記述から判断するに「歩き方」の調査員は歩きではなくタクシーかレンタカーで来ていたようだが、それが正しいとするならばワルザザートからは主要街道ではなく、この脇道の方を通って来ていたことになる。
それならばカスバは右手に見えてくるからだ。

ま、どっちで帰ってもさほどの違いはなかろうと、脇道の方をてくてく歩いてワルザザートを目指す。
本日もこれまた快晴で日差しがとても強い。
乾燥しているのであまり汗はかかないが、それでもやはり喉は乾いてくる。
今日は出掛けにペットボトル入りの炭酸ジュース買ってきたので、それをちびちびやりながらひたすら歩く。

もうだいぶ進んだかなと思った頃、巡察中の警察に職務質問を受ける。
こちとら人畜無害の日本人旅行者なので全く問題ないのだが、この警官が妙なことをいいやがった。
「ワルザザート?ここからなら戻って主要街道に出た方が早いんじゃないかなぁ・・・」
「げ、マジ?・・・でもこの道でも行けるんだよね」
「ああ行けるさ、問題ないよ」
・・・ちょっと迷ったが、同じ道を引き返すのはあまり好きじゃないんだよね、このまま行っちゃえ行っちゃえ。

さらに歩き続けること2時間近く。
段々と様子がおかしいことに気がつき始めた。
脇道はワルザザート川の南を川と平行に走りながら東の方にある町に続いているようで、想像するに川の北側を走る主要街道とは町の手前辺りで合流するものだと思っていたのだ。
ところが道は合流するどころか、進んでいくにつれて左に見える川の幅はどんどんと大きくなり、前方には橋らしきものは一向に見えてこない。
しまいには川の反対側にワルザザートの街並みが見えてきた。

ワルザザートは横に長細くできた町で、ワルザザート川の北側に東西数キロにわたって延びている。
出る前に荷物を預けていて今日も泊まる予定の宿は、その町の西のはずれに位置しているのだ。
つまりどういうことかというと、最初から主要街道を伝って戻っていたならばもうすでに宿の辺りに着いていておかしくない頃なのだ。
今歩いているこの道はどうやら町の南を大きく迂回して、東側の方に繋がっている様子。
ぐはっ、町の長さが2~3キロだとすると、単純計算で5キロ前後遠回りしていることになるぞ・・・。

すでに足にはマメがいくつか発生しており、よぼよぼじじいのような速度でしか歩けない状態。
途中で何度かへたり込みそうになったが、ヘトヘトになりながらもなんとか日暮れ前に宿に辿り着くことができた。
この宿の親父はとても親切なモロッコ人なのだが、この時も「帰り道はこれこれこうで大変だったんだよ」というと、「そんな遠回りな道でよく歩いてきたね!さぞかし疲れただろう!」といいつつ、下のレストランからカフェオレを注文しておごってくれた。
この疲れ果てた身にはとてもありがたかったので、遠慮なくいただくことに。

ふぅ・・・。
それにしても今日の歩きは辛かった・・・。
アイト・ベン・ハッドゥからマレ川までが9キロで、ティフルトゥトからワルザザートまで戻る道が本来ならば8キロ。
合わせて17キロならなんとか歩けるかなと思っていたところで、追加でさらに大きく遠回りするはめになったのだ。
それというのも「歩き方」の記述を安易に信じてしまったからである。

今回の間違いは、おそらく年度を重ねるごとに複数の調査員の調べた内容がごっちゃになってしまったからなんだと思う。
レンタカーで行った場合とタクシーで行った場合とで道が違っていたのだろう。
そうでなければ、調査員が乗ったタクシーが料金を多く取るためにわざと遠回りの道を通って行ったからなのかもしれない。
もし後者のせいであれば、悪いのは調査員ではなくモロッコ人の運転手ということになるので「歩き方」を責めるのは少々酷かとも思うが・・・。
以下、個人的な文句をぶちぶちと述べさせてもらうけれど、読者の方にはあまり関係のないつまらない話になると思うので興味のない人は読み飛ばしてほしい。

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たぶん日本で一番売れていると思われる旅行ガイド本、「地球の歩き方」シリーズ。
記述や地図の表記に間違いが少なくないことから、旅行者からは「騙し方」だとか「迷い方」などと罵られることもあるこのガイドブック。
中には「『歩き方』なんて使うのは真のパッカーじゃないですよねー」などと小生意気なことをほざく学生もいた。

でも個人的にはなかなか使いやすいガイドブックだと思っている。
気に入らなければ使わなければよいだけだし、ガイドブックなしでの旅の楽しさもよく知ってはいるけれども、今回の旅ではできるだけ多くのガイドブックを参考にしながら進むようにしている。
何の情報もなく着いた町で毎回毎回自力で安宿を探し歩いたりするよりは、ずっと効率がよいからだ。
この「歩き方」シリーズにも実際にいろんな国でお世話になっている。
80年代頃のものは旅行者の体験談を中心にまとめられていて、旅行ガイドというよりはちょっとしたお笑い本のような趣があった「歩き方」。
最近のものは短期旅行者向けに高めの宿やレストランの情報が多くなり、読んでいて年々面白みに欠けてきているとは思うけれども、それでもやはり英語の「ロンプラ」にも載っていない見所や安宿の情報でそれなりに頼りになる存在だ。

手持ちの「モロッコ編」は比較的よくできている方だし、そもそも自分で買ったわけではなく人からもらった本なので、文句はあまりいいたくない。
もうね、地図の中で宿や見所の位置が数ブロック違う場所に示されていることがあっても、そのくらいなら大目にみるよ。
その程度なら「ロンプラ」でもしょっちゅうあることだし、「ロンプラ」みたいに数年前に閉店したはずのレストランをずっと載せ続けていたりするよりはましだ。
バスの料金などで実際よりだいぶ高めに記載されていたとしても、この調査員ボラれているなーと思うだけだ、許す許す。
ブラジルのとある町では地図に書かれた道の名前が完全に間違っていて、宿探しに全然見当違いの場所を歩きまわされたこともあるけれども、今となってはそれも懐かしい思い出だ。

でもね・・・右だとか左だとか、西だとか南だとか、そういう基本的な間違いはできる限り避けてほしいと小声でいいたい。
特に郊外の見所に関しては細心の注意を払ってもらいたい。
ちょっと間違えただけで、今回のように何キロも遠回りさせられることになるのだ。
他にもワルザザート周辺の見所に関しては、実際には8キロあるけれども本の中では3キロと書かれているような箇所もあった。
往復で6キロと16キロじゃ、えらい違いだぞオイ・・・。

そりゃぁね、郊外の見所へはタクシーやレンタカーで行く方法について書いてあって、徒歩での行き方を書いてあるわけではない。
多少記述が間違っていようとも、タクシーなら迷わず行ってくれるだろうし、レンタカーなら数キロ遠回りしたとしても大した問題じゃないのかもしれない。
でもね、俺のように数キロくらいなら平気で歩いて行こうとする旅行者もいるんだよー。
仮にも「歩き方」なんだからさ、短期旅行者向けに手軽な「タクり方」ばかり載せていないで、もう少し貧乏長期旅行者にも配慮してくれると嬉しいんだけどなぁ・・・。


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てなわけで、今回見事に俺を騙してくれたのはモロッコ人ではなく「地球の歩き方」だったというお話でございました。
ちゃんちゃん。

モロッコで騙されないための注意を懇切丁寧に書いてくれている「歩き方」。
このままだと誰にも騙されることなく無事にモロッコの旅を終えてしまいそうだと思っていたら、俺はアンタに騙されちまったよ、トホホ・・・(笑)