アイト・ベン・ハッドゥ2 | 旅人日記

アイト・ベン・ハッドゥ2

ABH2-1 目覚ましを朝6時に設定していたはずなのだが、目が覚めるとすでに9時をまわっていた。
どうやら暴睡していたらしい。
あちゃ、朝日は見逃してしまったか・・・。

昨日に引き続いて本日も快晴。
アイト・ベン・ハッドゥのカスバ自体は十分満足していたので、ワルザザートに戻ってもよかったんだけど、もう一泊しようかどうか少々悩んでいた。
昨日のカスバ見学の合間に土産物屋を冷やかしながらそこのベルベル人やトゥアレグ人たちと仲良くなっていたのだが、彼らからもう一つの見所について勧められていたのだ。
アイト・ベン・ハッドゥから川沿いの街道を上流に向かって5キロほどのところに、タムダフトという名のカスバとオアシスがあるという。
規模は小さいながらも美しいオアシスで、アイト・ベン・ハッドゥと違って観光客は滅多に行かない場所らしい。
「歩き方」にも「ロンプラ」にも載っておらず、俺も初耳だったが、写真で見る限りでは悪くなさそうなところだ。

ガイドブックにも載っていない、観光客もほとんど行かないような穴場か・・・。
旅人心をくすぐってくれるじゃないか。
その手の場所というのはえてして当たり外れが大きいものだが、たとえしょぼかったりしても、この青空だ、いい散歩にはなるだろう。
それにもう一泊すれば、今朝は見逃してしまった朝日にも再挑戦できる。
モロッコでの滞在可能日数が残りわずかなので、早めにワルザザートに戻りたい気持ちもあったのだが、焦って移動するのは元々好きじゃないしなー。
てなわけで、賛成80反対20くらいで延泊決定。

カメラだけぶらさげて、水も持たずに出発。
街道を北へ北へと歩くこと約1時間、目的のタムダフトらしきカスバが見えてきた。
谷間の緑のオアシスを見守るようにして、丘の上に土の砦がそびえている。
と、それはいいんだけど・・・なんだありゃ?
カスバの前の広場にキャンピングカーらしき車がうじゃうじゃ停まっているじゃないか。
観光客はほとんど来ない場所じゃなかったのかよー。
「ふっ、騙されたぜ・・・」
いや、別に騙されたってほどじゃないんだけれど、モロッコでは一度は言ってみたい台詞だ(笑)。
ま、多少は客がいようとも、アイト・ベン・ハッドゥほどではなかろう。

ABH2-2ところがカスバに近づいてみると、なんだか様子がおかしい。
カスバの上には照明器具のようなものが取り付けられ、入口の辺りには地元の人でも観光客でもなさそうな連中が忙しそうに動き回っている。
もしかして、映画か何かの撮影か?

カスバの中に入っていこうとすると、いかにも映画監督といったような風貌の大柄モロッコ人に止められる。
「悪いが今は入れないんだ。見ての通り撮影中でね」
「映画?」
「いや、テレビ番組だ。イタリアのね。俺たちはモロッコの製作会社なんだけど彼らに協力しているのさ」
「ふーん、ちなみにどんな番組の撮影なんだい?」
「若い女性たちをこのカスバの中に数日間閉じ込めて、いろんなゲームで競争をさせながら、最終的に優勝者を決めるという番組だ」
出演者を軟禁状態にするあたり、なんだか日本テレビが若手芸人にやらせそうな企画だなぁ・・・。
でもそれとは別にどこかで聞いたことのある話だ。
「それってもしかして元々はアメリカの番組で、確か『サバイバル』とかいう・・・」
「そう!まさにそれだよ。その番組のイタリア版さ」
アメリカのヤツは無人島やジャングルなどでやっていたのをどっかの国の宿のテレビで観たことがあるなぁ。
確か日本でも同じような番組をやってたんじゃなかったっけ・・・?

よく見ると救急車までちゃんと待機している。
カスバの中ではイタリア美女たちの過酷な戦いが繰り広げられているのだろうか。
「中にはどうしても入れないのかい?」
「遠くからわざわざ来ているのに申し訳ない。裏手のオアシスの方なら問題ないのだが・・・」
ふむふむ。
ま、どうせこのカスバの中身も今まで見てきたものと大差なかろう。
もし入れていたとしても、入場料を取るようだったら入らなかったかもしれないしね、別にかまわんよ。

ABH2-3 カスバの周りの、同じように土で出来た集落をぐるっと大周りして、裏の谷間に下る。
ここのオアシスもアーモンドやオリーブの木が生い茂る果樹園になっている。
アーモンドの木ってこの辺りに来て初めて見たのだけれど、まるで梅や桜のように白い花をつけている。
最初は杏子かとも思ったのだけれど、地元の人に聞くとみなアーモンドの花だという。
ちょっとした花見気分でオアシス内を散策。
こんな綺麗な花も眺められるなんて、ホントいい時期にきたなぁ・・・。
木々の間を灌漑用の水路が走っている。
荒れ果てた砂漠の中を歩いて辿り着いた緑のオアシス、喉はカラカラだったけれども、この清涼感にはなんとも心癒されるね。

カスバのちょうど真裏の辺りで写真を撮っていたら、イタリア人の撮影スタッフらしき人がやってきて止められる。
「関係者かい?違うなら入ってきちゃだめだ」
「裏のオアシスならいいって聞いたけど」
「あそこに白く塗ってある石があるだろう?あれよりこっち側は製作会社の貸切なんだ」
「了解。邪魔するつもりはないんだ。2~3枚撮ったらすぐに出るよ」
「早くしてくれよ。オエライさんに見つかると、俺はいいけど、君にとっては大問題だ」
んー?
半ば脅し文句とも受け取れる最後の一言がちと気になったけれども、ここは大人しく退散してあげよう。
もしアイト・ベン・ハッドゥの方で撮影でくだらん番組を撮影しているようだったら、嫌でも邪魔してやるところだけれど、ちゃんと人のあまり来ないカスバでやっていることだしね、許してあげるとしよう。

一通り見てまわった後、できれば喉を潤したかったところだが、あいにく茶店も売店も見当たらない。
村人のベルベル親父を捕まえて、お茶を飲めないか聞いてみたら、彼の家で用意してくれるという。
失礼かとも思ったが、一応値段を聞いてみると「いくらでもいい」という。
重ね重ね失礼かとも思ったが、いくら欲しいかしつこく聞いてみたら「10ディルハム」というボリボリお値段。
お茶なんてこの辺りなら普通は3ディルハム、高くても5ディルハムがいいところ。
しかたない、宿まで戻ってからにするか。

オアシスに辿り着けども茶も飲めず・・・か。

また一時間かけてアイト・ベン・ハッドゥの村に戻る。
炎天下を歩き通しでカラカラになった喉を潤すため、炭酸ジュースを買ってがぶ飲み。
その後はまたアイト・ベン・ハッドゥのカスバをぼーっと眺めたり、土産物屋の連中と遊んで過ごす。

この土産物屋の連中なんのだが、ここのやつらはかなりしつこい手合いが多い。
「見るだけ。ほんのちょっとでいいから」
モロッコの土産物屋の呼び込みは必ずこの言葉から始まる。
そして見るだけでは決して済まそうとしない。
「見るだけだ。買わなくていいから」が1分後には「どうして買わないんだ」になるあたり、どいつもこいつも感心したくなるほど図太い神経してやがる。
どうせ何も買うつもりはないし、全く同じパターンで攻めてくる土産物屋とのやりとりにも飽き飽きしていたので、相手にしなくてもよかったのだが、何度も店の前を通り過ぎながら挨拶を交わしているうちに、暇つぶしに一回くらいは入ってやってもいいかという気になってくる。
この二日間で、すでに村の土産物屋の連中とはほとんど全員顔見知りになっていた。
毎回毎回断りながら通り過ぎるのも気が引けるんだよね。
俺って実は結構押しに弱い方なのかもしれない。

「悪いね、ホントに買う気はないんだ。見るだけだっていっても、あんたらいつもそれで済まそうとしないだろう。がっかりさせたくないんだ。わかるかい?」
「かまわん。見るだけ見るだけ。絶対気に入る物があるから」
「はぁ」・・・わかってねーよコイツも、と苦笑ししつつ、親父に袖を引かれるままに店の中に連れ込まれる。
親父はベルベル人のペンダントだのトゥアレグ人のブレスレットだのを、いろいろと説明しながら絨毯の上に次から次へと並べていく。
俺はホントに興味ないので、ぼーっと眺めるだけ。

モロッコ人の土産物屋の親父は大きく分けて二つ種類の性格にわかれるようだ。
こちらに興味がないとわかると、段々しょぼくれていくヤツと段々興奮してくるヤツだ。
たいていは前者のタイプの比較的かわいい手合いの親父が多い。
しょぼくれてくれたところで適当に世間話を交わして店を出る。
5分で片がつく楽な相手だ。
後者の時はちと面倒だが、なるべく相手の自尊心を傷つけないように適当に話を合わせ、頃合を見計らってから店を出る。
それでも長くて10分がいいところかな。

ところが今回入った店のうち、一人の親父が異常なまでのしつこさで迫ってきた。
ハッサンという名のトゥアレグ人のこの親父、買わないで出ようとすると「なぜ何も買わない!一つくらい買っていってもいいじゃないか!」と怒り出す始末。
「だから最初から言ってるだろ、買うつもりはないって」
すぐに振り切って出てもよかったのだが、この親父からはタムダフトのカスバのことを教えてもらったという小さな恩もあったのだ。
この店の前もまた何度も通るだろうしなぁ、もう少しだけ付き合ってやってもいいか。
「正直いって、カネにあまり余裕がないんだ。わかってくれよー」
「・・・その高そうなカメラはいくらした?」
「1000ユーロくらいだったよ」
「日本からモロッコまで飛行機代はいくらする?」
「それも往復で1000ユーロくらいかな・・・」
「それでもお前はカネがないのか」
「ウン・・・」
こんな風に攻められると、もう苦笑するしかない。

「俺みたいな個人旅行者を相手にしなくてもさぁ、団体で来ている人たちが大勢いるじゃないか。彼らの方が絶対カネ持ってるって。結構たくさん買っていくんだろう?」
「いや、彼らはみな買い物はマラケシュやフェズで済ますようだ。ここで使える時間も少ないからね、そう多くは買っていかない。みんなカスバの写真だけ撮って何も買わずに通りすぎて行く・・・」
といって親父はややうなだれる。
ふーむ、観光客が多い割りには、それほど繁盛しているわけじゃないんだなぁ。
「・・・こういう話はあまりしたくないんだけどね、見ろよ、俺のズボン、ぼろぼろだろ?靴だってほら穴が開いているんだ。絨毯を買うようなカネがあったらだな、俺は新しい服や靴を買いたいんだよ」
「・・・・・」
「飯だっておっちゃんたちより食べてないと思うよ。今朝もカフェオレ一杯だけだし、昼も抜いてる。ラマダン(断食月)じゃないけどラマダンみたいなもんさ」
「そうか・・・食べてないのか・・・」
「わかってくれたかい?」

しばし沈黙。

「よしっ、おっちゃんはこれから飯にするところだ。お前も一緒に食べていけ!」
「いやいやいや!そんなつもりじゃないんだって!何も買わないのに飯なんかおごってもらっちゃ悪いよ。それに俺は朝や昼を抜くことがあっても夜はちゃんと食べているんだから心配してくれなくてもいいんだ」
「気にするな。もうお前から何か買ってもらおうなんて思ってない。いいから食ってけ食ってけ!」
本気で遠慮してたんだけど、親父は店に誘う時と同じような強引っぷり。
財布の紐は堅くても、俺はやはりどこか押しに弱いところがあるようだ。
断りきれずに、小間使いの少年がどこからか買ってきたサンドイッチとジュースをいただくことに。
「飯は一人で食うよりみんなで食べた方が美味いもんだ。このサンドイッチもなかなかいけるだろう?」
サバのトマトソース煮をつぶしたものが入っているだけの素朴なサンドイッチ。
でも、結構空腹だったこともあって、実際かなり美味しく感じた。
「ありがとう・・・マジで美味いよ、これ」
「明日はワルザザートに戻るのか?」
「うん、たぶんね」
「いつかまたモロッコに来ることがあったら、ここにも必ず来い。そしておっちゃんの店で絨毯買っていけ(笑)」
「わかった。そん時ゃたんまり買わせてもらうよ。金持ちになってくるから店ごと買っちゃうかもよー(笑)」
「ガハハハハ、待ってるぞ!」

ABH2-4 再度お礼を言い残して、親父の店を後にする。
その後はまた夕暮れ時のカスバの写真を撮ったり、丘の上に登って沈みゆく夕陽を眺めたりしながら過ごす。
暗くなってから宿に引き返し、晩飯には昨夜と同じようにタジンを頼んだ。

この宿の滞在者は今は俺だけしかいないようで、レストランにも今夜は他の客は来ておらず閑散としていた。
ここのレストランのタジンは日本人の団体客もよく利用するだけあってなかなかの美味。
でも何となく、ハッサン親父と一緒に食べたあのサンドイッチの方がずっと美味しかったような気がするなぁ・・・。