アイト・ベン・ハッドゥ1 | 旅人日記

アイト・ベン・ハッドゥ1

ABH1-1 次の目的地はアイト・ベン・ハッドゥと決めていた。
ワルザザートの町から30キロの郊外にある有名なカスバで、モロッコではサハラ砂漠と共に個人的に一番楽しみにしている場所。
丘の斜面に作られた土の城砦アイト・ベン・ハッドゥ、モロッコで一番美しいともいわれるそのカスバは世界遺産にも登録されている。
芸術的なまでに絵になるこのカスバは昔から世界各国の映画関係者の注目を浴びており、数々の映画撮影に使われてきた。
有名なところでは「アラビアのロレンス」「ソドムとゴモラ」「ナイルの宝石」「グラディエーター」「ハムナプトラ2」などだ。
全部観たことないんだけどねー(笑)。

トドラ峡谷を見た後は、またしばらくティネリールでのんびり。
弁解するわけではないが、純粋に晴れ待ちの日々であった。
部屋に閉じこもることもなく、茶店でフランス語の勉強をしたり、町の周辺のオアシスを散歩したりしながら、そこそこ健康的な生活を過ごしていた。
次のワルザザートまで行ってしまってもよかったのだが、ワルザザートよりはティネリールの方が物価が安いと思ったため、居心地のいいこの町でゆっくりしていたのだ。
そして雨が続く日の合間の比較的ましな天気の日にワルザザートまで移動。
そのワルザザートでもさらにしばらくは晴れ待ちが続いていたのだが、5日目にしてようやく文句ない快晴に恵まれた。
天気予報で確認しても、この後一週間くらいはこの快晴が続きそうな気配。

ABH1-2 晴れ待ち。
この日記では今までに何度も出てきた言葉であるが、ここらで少々説明を加えておきたい。
読者の方々の中には「晴れ待ちで一週間??ありえない!!」とか「まーた沈没するための言い訳だろ~」とか思う方も少なくないかもしれない。
確かにごもっともな話なんだよね、特に後者(笑)。
雨が降ると休日になるという肉体労働者のごとく、観光に出れない反面、一休みできると喜んでしまっている自分がいる。
でもね、ここぞという場所ではやはり最高の天気の時を狙って撮影に臨みたいのですよ。
日本を遠くはなれてこんな所まで来る機会などそうないのだから、安易に妥協したくないんだよなぁ。
同じ場所を訪れても、天候次第でその印象が全然違ってくることが多々あるし。
料理はちゃんと明るい場所で食べてこそ美味しいのと一緒で、見所も晴れ空の下で存分に味わいたいのですよ。
長期旅行者っていうのはカネはないけど時間だけはたっぷりあるものなのだ。。
逆に言えば時間こそが俺らのような旅人の最大の武器、せっかくだからその武器を最大限に活かしていきたいのである。
とはいうものの、ここモロッコではすでにその武器の実弾(滞在可能日数)も残りわずかになってきてはいるんだけどね・・・(苦笑)

ABH1-3 ワルザザートの宿に荷物を預け、朝飯をカフェオレ一杯ですませてから、バスターミナル前にたむろする乗合いタクシーの親父たちに話しかける。
「アイト・ベン・ハッドゥに行きたいんだけどー」
「片道か?往復か?片道なら150ディルハムだ」
「うーん、そいつは一台丸々雇った場合のお値段だよね。俺には払えん。途中のマレ川まででいいから乗せておくれ。そこまでなら乗合いで10ディルハムで行けるっしょ?」
「マレ川に行くやつはもう出ちまったよ。次のやつを待たなきゃならない。何時間後になるかわからんぞ」
「かまわんよ。待つ待つ」
「今日はもう出ないかもしれない。それでもいいのか?」
「いいよー。だめだったらまた明日にするから」
「そうか・・・そこまでいうならしょうがない。この車に乗れ」
「へ?」
「これがマレ川に行くやつだ。お前が6人目で最後の客だからすぐ出発だ」
おいおいおい!そんな状況だったら最初からとっと乗せろってんだ!
ったく、これだからモロッコ人てやつは・・・(苦笑)

グランタクシーという名で呼ばれるこの乗合いタクシー。
日本のタクシーとさほど変わらない大きさなのだが、乗客は通常6人まで乗せる。
助手席に2人で後部座席に4人。
でっぷりでぷでぷのおばちゃんと一緒に助手席の方に詰め込まれ、いざ出発。

ABH1-4 ワルザザートから20キロの地点のマレ川まではあっという間に到着。
そこから先のアイト・ベン・ハッドゥまでの9キロはさらに乗合いタクシーもあることがあるらしいのだが、俺が着いた時にはあいにく一台の車もなかった。
ま、元々この9キロは歩いてもいいつもりでいたので、てくてくと歩き始める。

事前にワルザザートの宿の親父から聞いていた通り、道は平坦で歩きやすい。
荒涼とした砂漠の中の一本道、前方を遠く仰ぎ見ればアトラスの山々が白く雪を被っている。
途中で後ろから来た車が停まり「乗りなよ、お金はいらないから」と親切にいってくれたが、なんとなく最後まで歩いていってみたい気分になっていたので丁重に断って歩き続ける。

歩き始めてから2時間ほど、もうそろそろかなと思っていた頃。
前方に延びる道が左右の丘の切れ目の合間を抜けていて、その丘を過ぎると急に視界が開けてきた。
緑豊かなオアシスの先、右斜め前方の小高い丘の麓に肌色の集落がへばりついているのが見える。
あれがアイト・ベン・ハッドゥか・・・。

ABH1-5 村の入口の手前の辺りに、ちょっとした展望台のような場所がある。
そこからの写真を何枚か撮った後、村の中へと入っていく。
ちなみにアイト・ベン・ハッドゥのカスバと現在の村とは川を隔てて分かれており、川の手前の村の方には街道沿いに10数軒の宿が連なっている。
アイト・ベン・ハッドゥのカスバそのものの方にはベルベル人やトゥアレグ人の5~6家族が住んでいるだけだそうな。

ここを数週間前に訪れた旅仲間のタカハシさんからすすめられていた「ラバラカ」という宿を目指す。
宿はすぐに見つかり、100ディルハムを50ディルハムに値切って部屋を取る。
このラバラカという宿、モロッコの田舎でよく見かける形のカスバ形の味のある外観。
田舎だから中身は簡素かと思いきや、都会の安宿よりもずっと小奇麗な部屋に案内された。
シャワーやトイレが共同でなく、ちゃんと部屋に付いている。
タオルや石鹸もきちんと備え付けられていて、フェズやメクネスあたりでこれほどの部屋なら200~300ディルハムはしてもおかしくはない。
屋上のテラスからはアイト・ベン・ハッドゥのカスバも見下ろせる。
こんなところにわずか50で泊まれるなんて、お買い得感ばりばりだなー。

ABH1-6 宿にはテント式のレストランが2棟併設されている。
この時には60人くらいの日本人団体観光客が貸切りで昼食を取っていた。
「日本人もよく来るの?」
「来るよー。日本人はウチでもお得意様だ。君も歓迎するよ」
「ありがとう」
「でも日本人は冬にしか来ないね。欧米人は夏も冬も来るけれど。どちらにせよ団体さんたちは午前中にカスバを見学して、ここで昼を食べ、午後にはワルザザートやマラケシュに戻っていってしまう。忙しい人たちだよね」
「ふーん、そうなんだ」
「ご予定は?何泊するつもり?」
「うーん、とりあえず一泊だけのつもりで来たけれど、気に入ったら二泊するかも」
「いいところだからね、きっと気に入ると思う。ゆっくりしていくといいよ」
何となくもうすでに気に入りつつあるような気がする。

砂糖いっぱいの甘いカフェオレで一服ついてから、いよいよお待ちかねのカスバに向かう。
案内しようと数人のガキが付きまとってきたが「カネならないぞ」と振り払う。
村とカスバを隔てる川の渡し場にはロバやラクダが待機していて、ロバなら10ディルハム、ラクダなら20ディルハムで渡してもらえるようだ。
でも飛び石のように土嚢を並べてあるので、それを伝えば歩いても簡単に渡ることができる。
川を渡るとその先には、絵に描いたような美しい姿のアイト・ベン・ハッドゥが眼前に立ちはだかる。
うーん、期待通りに見事なカスバだ。

その後は、カスバの中を見学したり、丘の頂上からの景色を楽しんだり、手前のオアシスを散策したり、この美しいカスバを様々な角度から写真に収めたくて、何時間もひたすら周囲を探索し続けていた。
カスバは陽が傾くにつれ、徐々にその表情を変える。
夕暮れ時に橙色に輝く様が特に美しい。
夢中になって撮影を続け、気がついたら500枚も撮っていた・・・。
傍で見ていたモロッコ人たちから「写真家なのか?」といわれる始末。
うーん、確かに我ながらアホみたいに撮ってたなぁ・・・。
写真のデータを焼くためのCD代もばかにならないことだし、「下手な鉄砲」式ではなくもっと狙いをつけて撮れるように腕を磨かなきゃだな。

ABH1-7カスバの中はもう廃墟そのものなのだが、人の住んでいるらしき家や土産物屋が数軒あった。
そのうちの一つの店で、スレイマンという名の兄ちゃんと仲良くなる。
ドレッドにきめた髪型がよく似合うトゥアレグ人の兄ちゃんだ。
最初はいろんな土産物を勧めてきた彼も、こちらが買わないとわかると後はひたすら世間話。
古ぼけて色褪せた写真を見せながら、彼の家族や砂漠での遊牧生活の様子などを自慢げに話し続ける。
気のいい兄ちゃんなので、こちらも楽しくてつい長居していたのだが、その内に話は段々と下ネタの方へと加速していく。
よくある話なんだけれども、どこの国でも男同士の会話なんてたいていそんなものかもしれない。
「俺はトゥアレグだけど、ベルベル人の女が大好きだ。彼女らはトゥアレグの女よりずっと美人でとても熱い」
「へぇー、ムスリムなのに結婚前でも遊んだりする女性がいるのかい?」
「普通の人は無理さ。町へ出てカネを出して遊ぶんだ」
「モロッコにもそういう場所があるとは初耳だよ」
「あるある。結婚したら○○○はもちろんできるけど、×××や△△△はできなくなる。アッラーが禁じているからだ。でも結婚前なら全部問題ない。日本ではどうだ?」
「日本では結婚の前でも後でも一応どれも問題ないけれど、×××はあまり一般的じゃないね。○○○や△△△は・・・(以下略)」
「いいなー、俺もいつかは日本人の女と・・・(以下略)」
あからさま過ぎて品がないので続きは割愛せざるを得ないのだが、ま、古今東西、男同士集まるとどうしてもこの手の話に花が咲いてしまうものなのである。

夜は宿のレストランでタジンを賞味。
レストランには欧米人団体観光客も来ていて、宿の兄ちゃんたちが太鼓演奏を披露していた。
特に民族衣装を着たりしていなかったので写真も撮らなかったけれど、なかなかの見ものであった。
さてと、明日は早起きして朝日を浴びるカスバでも狙ってみようかな。