トドラ峡谷 | 旅人日記

トドラ峡谷

Toudgha1 モロッコという国は、砂漠があり、迷宮都市があり、美しい海岸線をもつリゾートもあったりして、非常に変化に富んだ景観を楽しませてくれるのだが、国の中央を斜めに走るアトラス山脈によって大きく二つの顔に分けることができる。
3000~4000メートル級の山々が連なるアトラス山脈を境にして、北側は比較的緑豊富な土地、南側は荒涼とした砂漠地帯だ。
北の大都市では城壁に囲まれたメディナ(旧市街)が主な見所になるのに対して、アトラスの南は砂漠やカスバ(城砦)やオアシスといった、辺境の世界を楽しませてくれる所だ。

エル・ラシディアからワルザザートの町まで「カスバ街道」と呼ばれる道が走り、バスで移動していると沿道に点在するカスバやオアシスの村々を横目に眺めながら進むことができる。
延々と続く乾ききった大地、かと思えば数10キロごとに通りすぎるオアシスの村では満々と水を湛えた川を中心に緑豊かな田畑が広がっている。
車窓からはオアシスで暮らす人々の素朴な暮らしぶりも垣間見れるし、遠くを仰げば雪を頂くアトラスの山々が青空の下に映えている。
昔はサハラ砂漠の南とアトラスの北の町を結ぶ重要な通商路でもあった所だ。
バスで数時間の距離でも当時はラクダでキャラバンを組んで何日もかけて移動していただろうことを想像したり、昔も今も眺め自体はさほど変わっていないだろうなぁ、などと往時に思いを馳せながら街道を移動。

カスバ街道沿いのカスバやオアシスを全部訪れるのは時間的にも資金的にも無理があるので、そのうちのいくつかを訪れることに。
今いるティネリールの町はカスバ街道きっての美しいオアシスがあることで有名だ。
北のアトラス方面に続くトドラ川沿いに緑のオアシスが続き、川のさらに上流には切り立った岩壁が立ちはだかる峡谷があるらしい。
天気のよい日を選んで出向いてみようと思っていたら、着いた翌日にいきなりの快晴。
こりゃ行かねばなるまいと、さっそく出かけてみることにした。

町からトドラ峡谷までは片道15キロの登り道。
自転車を借りて行く手もあったのだが、そのレンタル料が高いこともあり、無難に乗合いタクシーで行って帰りを歩いて下ってくることにした。
6人の乗客が集まり次第出発する乗合いタクシーだが、運良くたった5分で客が集まった。
そしてオアシスの続くトドラ川沿いの道を走り、20分ほどで峡谷の入口に到着。

峡谷には入場料があるわけでもなく、崖と崖に挟まれた下に走る道をてくてくと歩く。
ぐわわわん、と思い切り切り立っているのは最初の数百メートルくらいで、その先も2~3キロ歩いてみたけれど奥の方は特に見ごたえのある場所ではなかった。
ま、こんなものかな。
切り立った崖ではフランス人のロッククライマーが数人岩登りを楽しんでいた。
観光客がほとんどいなくて、山間の景色を静かに味わうことができたし、それでよしとしておこう。

Toudgha2 帰りは15キロの道を、オアシスの景色を写真に収めつつ延々と下る。
オアシスにはナツメ椰子の木々が生い茂り、その奥に土で出来たカスバが立ち並んでいる。
遠目には廃墟のように見えるカスバ。
中に入っても廃墟そのものだったりするのだが、人が住んでいる家もいくつかあるようだ。
ベルベル人やトゥアレグ人の子供たちが、どこからともなくわらわらと出てきてはこちらを見て無邪気にはしゃいでいる。
川沿いでは洗濯をするおばちゃんたちの姿が。
昼下がりののどかなオアシスの光景だ。
言葉はほとんど通じないが、陽気に挨拶を交わしながら通りすぎる。

さらに町まで街道沿いをひたすら下る。
途中、10歳くらいの少年が一人走り寄ってきた。
「ムッシューは日本人かい?お願いがあるんだ」といってポケットから何かをとりだそうとしている。
どうせ物売りか何かだろうと、最初は相手にしないでいたのだが、少年の手には日本円の硬貨が。
100円玉が一枚に、10円玉二枚。
「両替してくれないか?」と訴える少年。

この少年がどこで日本円を手に入れたかは知らない。
日本人旅行者が小遣い代わりに恵んでやったのだろうか?
町の両替所に行っても、硬貨じゃ両替してくれないしな、確かにこれじゃ可哀想だ。
替えてあげてもいいけど、俺だってすぐ帰国するわけじゃないから日本円持ってても正直な話邪魔なだけなんだよなぁ。
と、少々躊躇していたらその少年、うつむきながら「俺・・・ディルハムの方がいいよ・・・」とつぶやいた。
俺は普段から物乞いには一銭も恵まないような冷血人間なのだが、この時はちょっとぐっときてしまった。
ちょうど同額くらいのディルハムが手持ちにあったので替えてあげると、少年は「ありがとう、ムッシュー!」と元気に走り去っていった。
無邪気な笑顔がとても気持ちいい、と同時に、この程度のことに躊躇した自分がやけに恥ずかしく思えてきた。
うーん、同額なんてケチ臭いことせずに、多めにあげればよかったかもなぁ・・・。

その後、さらに町まで戻る途中、今度は大の大人二人に両替を頼まれた。
彼らが手にしていたのは日本円ではなくユーロの紙幣。
どうやら彼らは車で通りがかるヨーロッパの旅行者を相手にハシシを売って稼いでいるらしい。
売っている物が物だけに、こいつらには同情する気になれんなー。
ハシシ売ってもいいから、お前らはちゃんと町まで行って両替しなさい。

全部で20キロほど歩き続けたので、町に戻る頃にはもうくたくた。
宿でシャワーを浴びてから、広場の茶店でカフェオレで疲れを癒す。
ついでにフランス語の勉強もしていたのだが、ふと気がつくと辺りは暗くなっていた。
どうやら眠りこけていたらしい。
今日はやたらと疲れたけれども、気分はいたって爽快。
やはり部屋に閉じこもって休養しているよりは体を動かしていた方が健康にはいいようだな、うん。