フェズ5 - 屋上の年越しパーティー | 旅人日記

フェズ5 - 屋上の年越しパーティー

Fez5-1 大晦日。天気は快晴。
絶好の観光日和ではあるが、日本人的感覚で大晦日くらいは心底のんびり過ごしたいものだ。
観光日和は洗濯日和ちゅうことで、大掃除気分で洗濯したり、馴染みの茶店でカフェオレをすすりつつ、のんびりのほほんと道行く人を眺めながら、年末気分を味わっておりました。

年末とはいえ、ここモロッコでは当然イスラム暦を中心に物事が動いており、西暦での新年は特に祝ったりしそうな雰囲気がない。
ひょっとしたら少しは何かしらやるんじゃなかろうかと、淡い期待を抱いていたものの、大晦日になってもまったく普段どおりの町の雰囲気からして、やはり何事もなく過ぎていきそうな感じである。

やっぱりちょっと物足りないなぁ、と思っていたところに宿のおっちゃんが声をかけてきた。
ゴルディという名前で50歳になる大柄のおっちゃん、一日中廊下に座っているのが仕事のようなオヤジで、実際今まで働いているところなど見たことがない。
俺らのカタコトフランス語ではなかなか意思の疎通が出来なくて、あまり話したことはなかったのだが、毎日いい笑顔で挨拶してくれるので結構気に入っていたおっちゃんだ。
引篭もりが続いていた時も、俺が一日に晩飯時だけ外に出ているのを見て「体調が悪いのか?大丈夫なのかい?」と本気で心配してくれていたこともあった。
さすがに「パソコンでゲームしてました」とは言いにくく、身振り手振りで大丈夫大丈夫と伝えてはみたものの、大の大人が二人、一日中部屋に篭もっていたのだからひょっとしたらかなり変に思われていたかもしれない(苦笑)。

そのおっちゃんがフランス語で一生懸命伝えようとしているところを単語単語をつなぎ合わせて理解すると、どうやら今晩宿をあげてのパーティーを開催するので参加しないかというお誘いのようだ。
お?ひょっとして年越しパーティーをやってくれるのかな?
このままだとちょっと寂しい年越しになりそうな気がしていたので、そういうパーティーなら是非参加させてもらいたいものだ。

と思っていたら、おっちゃんは身振り手振りを加えながら「ハッピバースデートゥーユー♪」と歌いはじめた。
ん?そいつは誰かの誕生日という意味なのか?
手持ちの会話帳に付属している辞書を見ると、フランス語では「誕生日」も「記念日」もどちらも「アニヴェルセール」という同じ単語で表わすようなのだ。
ま、この際誰の誕生日だろうと大した問題ではあるまい。
年越しの最中に外でみんなが楽しそうに騒いでいる時に、部屋に篭もってこそこそゲームしていたりするのはさすがに寂しすぎる。
参加費はタジン代の50ディルハム、場所は屋上のテラス、開始は夜9時から、というのは理解できたので、とりあえず喜んで参加させてもらうことにした。

数日前までは、年越しの瞬間は丘の上に登ってフェズの夜景を眺めながら過ごすのも悪くないかもと思っていたのだが、昨日の夜にこの宿の屋上から眺めた様子から察するに、夜の町は思っていた以上に真っ暗で、上から見ても夜景と呼べるほどの夜景にはならなさそうであった。
町中の建物のほとんどが木窓になっており、閉じると中の灯りがほとんど漏れない構造になっているようなのだ。
どこで過ごそうかを考えあぐねている最中だったので、パーティーのお誘いはまさに渡りに船といったところであった。

Fez5-2 んで、夜になり、9時を過ぎた頃に「始まるよー」とお声がかかる。
会場である屋上テラスには、風船を並べた手作りの飾りが取り付けられていた。
おっちゃんは白い服に着替えて、いつもとは違いテキパキ動いて準備をしていた模様。
表情も普段よりもずっと生き生きとしていて、なんとも楽しそうだ。
もう「俺はこの日のために生きてきたんだぜー」といわんばかりの勢いで嬉しそうに動いている。

テーブルについて、食事が出てくるまで、同じくこの宿に泊まっていた日本人女の子の二人組と話しながら過ごす。
昼頃から干していた洗濯物がまだ乾いていなくて、俺はジュラーバの下はほとんど裸に近い状態。
タカハシさんの方も似たような状況で、二人とも寒空の下でぶるぶる震えながら食事が出るのを待っていた。

出てきたタジンは50も取るだけあってなかなかの美味♪
他の参加者たちも徐々に会場に現れてきて、それにつれておっちゃんのテンションもどんどん上がっていく。
あっちのテーブルに行っては愛想を振りまき、こっちのテーブルに来ては踊って見せたり、会場の装飾にローソクまで取り付け始めたりして、そのはしゃぎっぷりが見ていてなんとも微笑ましい。

他の欧米人たちはどこから手に入れて来たのか、ビールやワインを開けて乾杯している。
俺らも酒が欲しいところであったが、旧市街にあるこの宿の辺りでは残念ながら酒類は一切売っておらず、ビールやワインを手に入れるには歩いて小一時間先の新市街のスーパーまで行かなければならない。
あいにく今日は服をほとんど洗濯してしまっていたため、遠くまで買いに出かけることが出来なかったのだ。
しかたなく女の子たちが入れてくれた中国茶やタカハシさんが持っていたインスタントコーヒーで乾杯しながら新年を迎えることに。
ま、この寒空ではビールなんかよりはむしろこういった温かい飲み物の方がいいかもしれないな。
少なくとも風邪は引かずに済みそうだ。
新年早々風邪で寝込んでしまったりはしたくないしなぁ。

それでもやっぱり少しはほろ酔い気分を味わいたいと思い、ダメ元で酒を売っていそうな店を探しに外に出かけてみることに。
深夜の町は相変わらず普段と変わらない様子ではあったが、道行く人たちはなぜか「オナニー、オナニー」と、にこやかに声を掛け合っている。
お前ら新年早々センズリかよ、とその時は思ってしまったのだが、後で聞いたらフランス語で「ボナネーBon anée(明けましておめでとう)」のことだったようだ。
それがモロッコ訛りでボナニーになり、さらに最初のBの音が弱いためオナニーに聞こえてしまう。
紛らわしいからちゃんと発音せんかい。

宿の欧米人たちの多くがビールを手にしていたので、ひょっとしたら今日はこの辺りの店でも売っているのかもと思いつつ探してみたら、いともあっさり向こうの方から「酒ならあるぞ」と声をかけてきた。
ところが、どの店でもビール一本25ディルハムなどという足元見まくりのふざけんなよ値段。
観光客用に新市で仕入れてきたのだろうが、そんなぼったくり値段で買った酒じゃぁ気持ちよく酔えそうにないぞ。
あの短期っぽい欧米人たちは、それでも喜んで買っていったのだろうなぁ・・・。

いたしかたあるまい。ここは大人しく酒は諦めるとしよう。
酒がなくとも今晩のパーティーでそれなりに年越し気分が味わえたしね。
それにここ数日はカヨコさんに豪勢な食事をおごってもらい続けていたのだ。
これ以上期待するのは罰が当たるというものであろう。
ま、何はともあれ、今年もよい年にしたいものございます♪