ティトゥアン | 旅人日記

ティトゥアン

Tetouan2 タンジェからバスで2時間、ティトゥアンの町に到着。
1492年にグラナダが陥落してナスル朝が滅亡した際に、多くのイスラム教徒やユダヤ教徒がこの地に逃げ込んできたらしい。スーク(市場)が立ち並ぶメディナ(旧市街)から丘に向けて真っ白な壁の家々が密集している。
街並みはタンジェよりもずっと美しく、迷宮の規模もずっと大きい。モロッコの古い町はどこもそうだと思うが、迷いながらの市街探索がとても楽しい。

タンジェもそうだったけれど、ティトゥアンも20世紀前半にはスペイン領だったこともあって、普通の人でもスペイン語を解する人がとても多い。正直これほど通じるものだとは思っていなかったが、俺のような中南米経験者にはありがたい限りである。。早くアラビア語やフランス語をやらなきゃならないのはわかっているものの、通じてしまう便利さからついついスペイン語ばかりで事を済ませてしまう。
ま、この町でようやくダリージャ(アラビア語のモロッコ方言)の教科書を買うことができたので、今後は少しずつ地元言語に切り替えていくとしよう。

ここティトゥアンでは、町見学のかたわらにタカリ屋どもにも少々付き合ってみることにした。
前回までの日記でモロッコ人のことをちと褒めすぎてしまったかもしれず、モロッコにはいい人ばかりだという印象を与えてしまうのもよくないかもしれないので、今回はモロッコ人の悪い面にあえて注目してみたい。
タカリ屋どもに騙されかかったり、実際に騙されたりする旅行者も少なくないようので、ここらで少し注意喚起的な話をしておいた方がいいと思ったのだ。
言い寄ってくる連中に時間が許す限り付いて行き、彼らの手口をご披露してもらうことにした。

<その1> マフメッド、42歳、男性、職業:宿の客引き
バスターミナルに到着して、目的の宿を目指す路上で遭遇。
「安宿を探しているのか?とてもいい宿がある。ペンション・イベリアだ。連れて行ってやる」
そのペンション・イベリアはまさにこっちの目的の宿。
「俺はその宿の人間だ。何の問題もない。こっちだ、付いて来い」
ここで「おぉそいつはラッキーだ。連れて行ってもらおうじゃないか」などと思ってはいけない。
単なる客引きなのは明白である。
できるだけ付いて行くと書いたけれど、さすがにこういう手合いに付いて行ってしまうと宿代に余計な手数料を上乗せされるだけなので、ここはとりあえず避けてしまうことに決定。
別の宿に案内するならある程度付き合ってやってもよかったのだが、あいにく目的の宿そのものが標的になっている。こういう場合が結構面倒なのだ。
「いやぁ、今日は野宿するつもりさ。宿は探してないから用はないよ。悪いねー」
「日本人が野宿なんてするもんか。いいから付いて来いよ」
しつこく付きまとって来るが、俺は目的の宿の近くで別の道に入り煙草をふかして小休憩。
男はあきらめたのか一旦姿を消したが、宿に向かってみたら入口で待ち構えてやがった。
宿に近づくと勝手に門のインターフォンを押そうとする。
押されて勝手に紹介されてはかなわんと、また宿から離れて一休み。
こっちは早いところ重い荷物を宿に置いてゆっくりしたいところなので迷惑千万である。
「かんべんしてくれよー。お前がそこにいると入れないんだよー」というと、しぶしぶ顔で去って行った。
無事宿に入ることができて一件落着。金銭的な被害はないが、時間と体力を無駄に使わせる迷惑な存在である。

<その2> ムハンマド、56歳、男性、職業:絨毯屋のオヤジ
宿に荷物を置いて、メディナ探索を始めて5分で遭遇。
ぶらぶらと歩く俺の横に付きながら、ぺらぺらと話かけてくる。
「日本からか?ようこそモロッコへ!いいジュラーバだな。いくらで買った?ティトゥアンにはいつ着いたんだ?お前ハシシは好きか?そうか・・・ハシシはいらないのか。絨毯に興味はあるか?俺の店がすぐ近くにある。見に来いよ。見るだけだ」
ここで「おーそうか、見るだけならかまわんぞ」と気軽に考えてはいけない。
とりあえずネタのために付いて行く。
裏路地をずんずんと奥に進んで行き、最初は漢方薬のような伝統医薬品の店に案内される。ベルベル人の伝統医療の数々を説明される。特に興味ないよー、というと次はいよいよオヤジの絨毯屋へ。すぐだという割りには10分以上歩かされた。
店の二階にあがると絨毯が所狭しと並べられた小部屋が。
「座りなさい。今お茶を出すから」
お茶は断り、座りもせずに部屋を眺める。
オヤジはいろいろな柄の絨毯を床に広げながら、これは骨董物だとかこれはラクダの毛で編んだものだとか説明を始める。
ま、元々買う気はないし、それに品質はトルコやアフガン物に比べると正直言って見劣りする。
「ごめんよー、オヤジ。買うつもりはないんだ」
「今日は月に一度の特別な日なんだ。今日なら半額で、しかも送料は無料だぞ。なぜ買わないんだ」
はいはい。どうせ毎日その特別な日をやってるんだろ。
「とりあえず見るだけのつもりだったしね。今日はまだ着いたばかりで博物館とかいろいろ見てまわりたいんだ。また今度ねー」といって店を後にする。
オヤジはしばらく付いて来たが「一人で歩きたいんだ。ありがとう。またねー」ということでサヨナラ。
この手の連中からはうまくやればお茶や飯まで奢って貰えるかもしれない。ある意味便利な存在ではあるが、押しに弱い人にはおすすめできない。

<その3> ハッサン、35歳、男性、職業:偽ガイド
晩飯後にぷらぷら大通りを歩いている時に遭遇。
「日本人か。トーキョー?オーサカ?俺の兄貴は日本人女性と結婚して神戸に住んでいる。兄嫁はクミコという名だ。見ろ、写真もあるぞ。日本人は大好きだ。近くにとてもいい茶店がある。一緒にお茶でもどうだ?」
食後に軽くミント茶が飲みたかったところなので、のこのこ付いて行くことに。
店はとても古びた作りだったが、雰囲気は悪くない。
3階のテラスから広場や王宮を眺めながら甘いミント茶をするる。
男はおもむろにハシシを取り出して吸い始めた。んで当然俺にもすすめてくる。
「いや、いらないよ。好きじゃないんだ。モロッコ人はハシシ大好きだな。アッラーは何もいわないのか?」
「全然かまわないよ。ここじゃ合法なんだ」(←大ウソである)
アラビア語の発音などを教えてもらいながらしばし歓談。
「あっちの地区にいい飯屋がある。クスクスやタジネが安いぞ。付いて来い」
裏路地にある食堂に案内される。
男はテーブルに座るなり何かを注文しようとするが、あいにくというか幸いというか、こっちはすでに満腹なのだ。
「ごめんよ、食事はもう済ませているんだ」
というと、次はバスターミナルへ連れて行かれた。
「明後日にシャウエンに行くんだろ?予約しておいた方がいいぞ」
どうやら、先ほどの食堂でもこのターミナルでも客を連れてくると手数料が稼げるっぽい。
「いらんいらん。もしかしたらそのまた次の日になるかもしれないしね。予約はいい」
「明日は郊外のブアナンの泉に行くんだっけか?俺の友人がタクシーの運転手をしている。明日は俺も暇だから案内してやれる。一緒に行こう」
「いや、一人で歩いて行きたいからいいよ」
「そうか・・・。他に何か興味のあるものはあるか?」
「いや特に。今日はもう宿に帰って寝るよ」
帰り道は把握していたが、男は「こっちだ」と頼みもしないのに先導。
宿に着くまでの間も「明日は俺のおふくろが家でクスクスを作るんだ。一緒に食べないか?」と誘ってくる。
お、一般ご家庭での手料理ですか。そいつはちょっと心惹かれる。
俺は「うーん、どうしよっかな・・・」とやや煮え切らないまま宿に到着。
「食事代は折半だ。とりあえず今払ってくれ。俺はあの茶店に毎日いるから明日そこで会おう」
んなもん払うかボケ。払ったところで明日会えるという保障がどこにある。
食事はいいやというと、「わかった。んじゃチップをくれ。今日の案内代だ」
おーおーようやく露骨に要求してきたね。これぞまさしくタカリ屋といった感じで俺はとっても嬉しいぞ♪
「知るか。俺は何も頼んだ覚えはない。来いというから付いて行っただけだろ。帰れ帰れ」
男は何やらぶちぶち文句をいいながら去って行った。

今日、彼らの相手をしてみたことで、おおまかな手口をつかむことができた。
だいたいこの3パターンが多いようだ。女性一人旅の場合はまた「口説き系」の別のやり口があるようだけどね。
概して想像していたよりは強引ではない。もっと手の込んだやり口を期待していたんだけれど、きっぱり断るだけで事は済んでしまう。
どうやら近年警察の取り締まりが厳しくなって、荒業を使うタカリ屋は減少しているようだ。
ちなみに上のやりとりは全て英語。
最初はやたらとニコニコ顔で親しげに話しかけてくる点で共通している。
そしてこっちが断ろうとするとだんだん険悪な雰囲気になる点も一緒だ。

Tetouan1 要するに英語や日本語でむやみやたらと親しげに話しかけてくる連中にのこのこと付いて行かなければいいだけの話しなのだ。
そういう連中はやたらと多く感じるものの、モロッコ人全体からしたら1%にも満たないであろう。
残りの99%以上の人はホントに気のいい連中なのだ。
区別するのが難しいという話もよく耳にするが、慣れてくると怪しいヤツ特有の臭いというのがわかってくるものだ。
「美味しい話には裏がある」「タダより高いものはない」である。
特に「知らないオジサンに付いて行ってはいけませんよ」といった幼稚園で習うような常識的なことさえ守っていれば何の問題もない。
あと、モロッコには「遠来の客は神からの授かりもの」といった諺があるらしい。解釈の仕方によっては旅行者=カモだともとれる、なんともモロッコらしい言葉である。

一人で気ままに町歩きを続けたい時などには、うざったらしさ満点の連中であるが、それも彼らのお仕事だしね。心に余裕をもって上手に付き合っていくとしましょうか。