ロライマの奇跡 ~6日目~ | 旅人日記

ロライマの奇跡 ~6日目~

Roraima6-1 ここ二晩ほどよく寝付けなかったこともあって、今日は体調が悪い。

頭痛がする上に食欲もない。
すでに俺らの分担の食料はなくなり、残りは全部ポーター持ちになっていて荷物はかなり軽くなっているのだが、いかんせん身体自体が重くて思うように足が前に進まない。その足も生乾きの靴下を履いているためやたらと臭い。

天気は快晴。
今日は移動日で、登頂初日に泊まった「砂のホテル」の近くまで戻るのだ。途中2箇所の見所に立ち寄る予定である。
重い上に臭い足取りだが、この好天候だ。頑張ろうじゃないか。

まず最初に「三国境合流地点」に着いた。
ベネズエラ・ブラジル・ガイアナの三国の国境が交わる地点に小さな三角錐の石碑が建っている。
それぞれの側面に水晶を使って「VENEZUELA」と「BRASIL」の文字をかたどっていた。
「GUYANA」の文字がないのは、この辺りのガイアナ領土をベネズエラも領有を主張しているからで、ベネズエラ側としては自分たちが建てた碑にガイアナの名を刻むことはできないということらしい。
それなら「三国境」という名称や、碑を建てること自体が矛盾しているような気がしないでもないが、この際それはどうでもいい。国境好きの俺としてはこういう珍しい場所は大好きなのだ。
できれば三国の国境警備兵が銃を持って立っていて、三つ巴でにらみ合っていたりしてくれたら面白かったのだが、さすがにそんなものはいない。
税関もなければ国境線も全く引かれていない。どっちを向いても同じ景色。何の変哲もない場所(ロライマとしてはだけど)にその石碑は静かに建っていた。

次に、昨日見たのと似ているが規模の小さい湖を見学。特に大した場所ではなかったので話ははしょる。

Roraima6-3 歩き続けることさらに数時間、大地の向こうに見覚えのある岩山の形が見えてきた。
「俺らが3日前に泊まっていたのって、あの岩山?」
とホセに尋ねると、
「こんな遠くからよくわかったな!そうだよ、あの裏さ。たいていのヤツはこの複雑な地形の中で自分のいる場所がどこだか全くわからなくなるものなのに、やるなあ!」
半ばあてずっぽうだったのだが、当たったか。
調子に乗ってもういっちょうかましておくとしよう。
「万が一、ガイドが途中で倒れたりしたら誰かがかわりに下山口まで誘導しなきゃならんからな。通って来た道や岩の形はできるだけ記憶しておくようにしてたのさ。これでも俺らの中では年長者なんだ。責任というヤツさ」
「ほー」とホセが感心の眼で俺を見る。よしよし。

本日の洞窟宿は「ホテル・インディオ」。
3日前の「砂のホテル」と同じ岩山なのだが、ずっと高い場所にある。
洞窟というよりは、岩山の中腹で迫り出している岩盤の上にテントを張る形で、天井にも同様の岩盤が屋根を形作っている。遠目から見ると崖の中腹で横一直線に削り取った形の穴といった感じだ。ちなみに「インディオ」の名称は穴を横から見ると原住民の横顔に見えることからきているらしい。

宿に着く頃には空は一面の雲に覆われていた。
天候の悪化とは対照的に、ホセはなぜか気分のりのりで、別の客を連れてきたガイドたちとはしゃぎまくっている。もうすぐ下山するからなのか、他のガイド仲間と出会えたことが嬉しいのか、よくわからないが、初日の頃の沈んだ雰囲気とは打って変わってのはしゃぎっぷり。他のガイド連中と比べてもちと浮いている気がする。「おいおい、食事中くらい静かにしろよー」と笑いながらたしなめられていたほどだ。ま、見ていて微笑ましいから許す。

昼食後に、近場だけどまだ行っていない地域にホセの案内で行ってみることに。
ロライマのすぐ北側に兄弟のようにそびえるクケナンのテプイを見に行くのだ。
だが、その方向を仰ぎ見ると一面濃い霧というか雲に覆われている。
「この天候ではほとんど見れないかもしれない。あそこは常に雲がかかっているんだ。あまり期待はしないでほしい」
ま、そんなもんだろ。別に見れなくてもかまわんよー。

小さな滝に立ち寄りつつ、目的の崖に辿り着く。
例によって下から雲がもくもくと湧き出しており、ほとんど何も見えない。下方からせり上がる雲の様子を眺めたりして、それでも結構満足していたところだ。
しばらくすると対岸のクケナン上方が徐々に晴れてきて、ホセがその上にあるという小さなラジオ塔を指差した。
やっと見つけたラジオ塔は遠すぎて針のよう見えた。
ユキさんやトモ君にもその針の方向を指し示したりしながら、3人ともその一点に集中していたため周囲の変化にしばし気づかないでいた・・・。

Roraima6-2 ふとホセが叫ぶ、
「見ろ!晴れたぞ!信じられない!奇跡だ!」
あ!本当だ・・・いつの間にか雲がすっかり消えているよ!
それは本当にあっと間の出来事だった。
ついさっきまで下界を覆い尽くしていた雲がまるで魔法のよう跡形もなく消えてしまったのだ。
すげぇ。信じられない。こんなことってあるのかよ・・・。
「俺はここに来るのはこれで241回目だが、こんなに晴れたのは初めてだよ!」とホセ。
「俺らは運がいいからなー。ついてるよホントに」
「違う。運じゃない。君らの姿勢がいつも前向きだからだよ。パチャママもテプイもそんな君たちを歓迎しているのさ」
お、なかなか気の利いたこといってくれるじゃないか。
ブラジル側の崖で見た景色と同様、下にはジャングルが。正面にはクケナンが完全に姿を現してどっしりと構えている。
今までに見た光景とあまり変わらないものの、やっぱり凄い。
朝から不調だった身体も軽くなっていく思いだ。

しかし、本当に奇跡のようなものを感じたのはその後だ。

写真を撮り終え、帰途につく。
50メートルほど進んだ辺りであっただろうか。
ふと崖の方を振り返ると、ほんのついさっきまで全開だったのに、見る見るうちに左右から雲が押し寄せ、あっというまに元の白い雲の壁になってしまったのだ。
全員かわるがわるに目を見合わせて絶句・・・。
まるで宗教映画か何かで奇跡が起こる瞬間の映像を見ているかのようだった。


「じ・・自動ドアじゃん」
「ガハハハ、その通りだ、自動ドアだ!」
「きっと俺らが戻ったらまた開くぜ、あの扉」
「開くだろうねー、きっと」
「すっげー、ホント信じられねーよ・・・」

ちょっと話が出来すぎているような展開に、俺自身身震いする思いだった。
ひょっとしたらこのくらいのことはそれほど珍しい現象ではなくて、ホセが俺たちを喜ばせるために大げさにいっているだけなのかもと、ちらっと思ったりもしたが、戻ってからホセが他のガイドたちや下山後に彼の父親相手に、興奮しながら自慢気に話していたところをみると、やはり滅多にありえないことだったのだろう。

これでロライマ山頂では見るべきものは全て見終えたことになる。
長かったようでもあるし、あっという間だった気もする。
明日からは下山だ。連日のテント生活で疲労気味の身体がベッドの上での心地よい眠りを恋しがっていた・・・。