伝えるではなく、伝わる。 | Carpe Diem 〜今を生きる〜 
人の価値観によって変わるのが「正しさ」とか「正義」。

それは絶対的に間違いのないものとして存在してるのが「真理」。

宗教でいえば、キリストやブッダは「真理」を悟り、それを教典にして伝えようとしたわけだけれど、その「真理」のズレが、対立を生んでいるのは事実。

ここで気づかなきゃいけないのは、「真理」がズレていたのではなく、伝える手段または、選んだ手段がズレていたということ。

正しさは、自分で情報を集め、切り捨てることを伴ったうえで選択し、築き上げては、崩して、また築き上げていく中でできて来る。

だから、違っていてもよいもの。違って当たり前。だから、みんな違って、みんないい。

知る手段や、選ぶ手段が人によって異なることを考慮したうえで、伝え手は、伝えることに執着せず、伝わったのかどうかを問題にしなきゃ、結局間違いを伝えていることになる。

これは非常に怖い。

「真理」の「正しさ」を証明しようとする時点で、間違って伝わるんだ。

だから、もっと学びたい。






iPhoneからの投稿