もう、彼のことはスルーすべきだと思っていたのだが、今『シンドラーのリスト』を見ているのでやはり書くことにする。「見た」ではなく「見ているので」と書いた理由はユダヤ人の迫害シーンが見ていられなくて途中で視聴をストップしているからだ。恐らくその先を見ることはできないような気がする。

陰謀論者の嫌いな点はたくさんあるのだが、そのうちの一つが「ヘイト・スピーチ」をする連中が多いという点だ。彼らの人権意識の欠如はもっと問題視すべきだと私は考えている。

 

もっとも陰謀論者の多くははそういった点に気付いていない、若しくは悪いと思っていないようだ。上記ブログ主のくまプーもその一人だし、過去私とコメントのやり取りをした甘えん坊さんもそうだ。

 

くまプーのブログの問題箇所(赤字部分)として次の記述部分が挙げられる。

 

「我々がゴイムどもを管理しなければ、この大切な地球がハチャメチャにされちまうぜ!」

こう思われたとしても仕方ありません。(とうの昔からの計画ですが)

そんな訳で、我々“ゴイム”は生き残りをかけた最後の闘いに直面しているのは確かと思われるので、

 

断定的な表現こそ避けてはいるものの、上記記述からは伺えることは世界の支配者層が我々を「ゴイム」だと認識しているということ。「ども」という表現を使用していることから「ゴイム」という単語が意味する内容は決して肯定的なものではないことが分かるだろう。

 

陰謀論者が「ゴイム」という単語を使用する場合、甘えん坊さんと同じように大抵が「家畜」という意味合いで使っている。上記赤字部分の「ゴイム」の箇所に「家畜」という言葉を当てはまれば文脈状ぴったりすることが分かるだろう。そう、世界の支配者層は我々を「家畜」扱いしているのだと。

 

問題はその「ゴイム」が「家畜」と意味していると何に書かれているのかという点だ。陰謀論者は「タルムード」に書かれていると主張している。

 

「タルムード」には、ユダヤ人だけが人間で異教徒は獣である、ユダヤ人は異教徒に対しては騙したり殺したり何をしてもよいと書かれている。非ユダヤ人はゴイ(Goy)、複数形でゴイム(Goyyim)と呼ばれ、これは「家畜」というという意味である。そう彼らは主張する。

 

彼らの主張の根源となっているのは1950年代にアメリカのヴァン・ハイニングが発表した小冊子や、同じくアメリカのマイケル・A・ホフマン二世の著作などによるものだがこれは事実ではない。

 

詳細は下記ブログをお読みください。

 

「タルムード」を書いたのはユダヤ人だ。ということは陰謀論者が言う世界を操る支配者層はユダヤ人ということになる。ユダヤ人が我々を家畜扱いしているという嘘を中には信じる者もいるだろう。そして彼らはユダヤ人差別を助長しているのだ。全く悪びれることなく。

 

ちなみに彼と同棲している女性もコーシェルフードのことを指して「我々には毒の入ったものを食べさせてユダヤ人だけが良いものを食べている」という内容のツィッターを自分のブログ記事に貼り付けていたことがあった。

 

パートナー共々人権意識が欠如しているのだが、彼らはそのことに全く気づいてはいない。汚物を垂れ流しているのにその悪臭に気付かないのは何故なのか。いらんことには妄想を働かせるくせに他者への痛みが想像できないのはいったいなぜなのか。この他者への痛みを想像するという能力の欠如が先天的なものであるのならそれを責めるのは酷かもしれないが、今のところそう思っていないので彼らには嫌悪感しか感じない。

 

スピルバーグ監督の映画『シンドラーのリスト』(1993年、映画の本となった原題は「シンドラーの箱舟」)の主人公のオスカー・シンドラーは強制収容所に収容されていたユダヤ人のうち、自分の工場で雇用していた1,100人を虐殺から救ったと言われている。ユダヤ人とその子孫たちはこのような人を決して忘れなかった。戦後、シンドラーの下にいたユダヤ人たちから彼に一つの指輪が贈られました。この指輪は、シンドラーに命を救われたユダヤ人たちが感謝のしるしとして、彼らが唯一持っていた本物の金歯からつくったものでした。その指輪には次の言葉が刻まれていました。

「一人の生命を救う者は世界を救う」

「タルムード」に書かれている言葉だ。

 

 

「タルムード」をきちんと読めばそこには社会的弱者に対する思いやりが読み取れるはずだ。

そこには異邦人も含まれる。

「貧しい者に手を差しのべよ」というのは、ヘブライ聖書の基礎となる教えだ。ユダヤ教には「ツェダカ」という寄付の仕組みがあり、金持ちでも貧しくても、収入の10分の1を寄付することになっている。

 

そこには、お世話になった人への恩返し、社会還元の意味もある。マーク・ザッカーバーグやシェリル・サンドバーグが寄付活動に励むのには、そういうユダヤの系譜があるのかもしれない。そして、そうした相互扶助、助け合いの精神は、ユダヤ人たちの起業やチャレンジを後押ししているのは間違いない。

 

そんな人たちを貶める陰謀論者のことがどうも好きにはなれない。

いや、大嫌いが正解か!