日記を書き始めて3日で、本当に途切れてしまった…。3日坊主が4日目に至るのはまだまだ難しいらしい。それでも、こうやって戻ってこられたので、また少しでも長く続くよう日記を書き始める。

 

 さて、沖縄でコロナ療養をしていた私だが、1週間前の日曜日に晴れて東京に帰還し、今は元の生活を送っている。沖縄に帰る前の3日間ほどは、療養期間も終わり、ほんの少しだけ沖縄を満喫できたので、その話をつらつらと書いてみようと思うのだが、それがまた結構色んなところに赴き、なかなかに濃い時間だったので、少しずつ思い出しながら書く。

 

 12月11日金曜日、いわゆる華金の日にずっと楽しみにしていたアグー豚しゃぶしゃぶを食べに行った。元々行こうとしていたお店は、予約をしていなかった為入れず、最終的に国際通り沿いにある「金武アグーと山城牛のしゃぶしゃぶ琉球別邸」にてしゃぶしゃぶを楽しんだ。このしゃぶしゃぶがまた、とてつもなく美味しくて、豚肉の中に包むウミブドウやもずく、野菜など全てがとても良いバランスだった。生粋のしゃぶしゃぶ好きである私が、終始感動していたくらい美味しかった。


 


 そんな感動体験をした後、琉球民謡ライブをやっている居酒屋、「海音 別邸」に赴いた。今気づいたけど、本館ではなく別邸ばかり行っているな…。食事は正直、とてつもなく美味しいアグー豚しゃぶしゃぶを食べた後に食すには、少し見劣りしてしまったが、琉球民謡ライブに関しては「これぞ沖縄!」という感じがあってとても楽しかった。舞台に立っていたのは、琉球衣装に身を包む女性3人。皆華やかで、当たり前だがとても歌が上手かった。

演目は確か、①島人の宝②島唄③ゆいゆいゆいまーる④花⑤オジー自慢のオリオンビールの5曲だったと思う。(何か忘れてしまっていたら申し訳ない…)このラインナップは、沖縄観光者には打ってつけの沖縄ヒットソングだろう。実際に、周りにいた他の観光客も皆、口ずさみながら楽しんでいた。

 

 この5曲の中でも、特に心に残っている歌がある。それは、2曲目に披露していた「島唄」だ。この曲は、THE BOOMの宮沢和史さんが作詞作曲をしている。彼が以前沖縄の「ひめゆり平和祈念資料館」に赴いた際、自分が如何に沖縄について無知であるかを実感し、「沖縄戦を生きぬいたひめゆりの方々、沖縄の方々に恥ずかしくない歌を書き上げて戻ります」と誓って作り上げたのがこの島唄であるらしい。昔から聴き馴染みのあるこの歌だが、歌の背景を全く知らなかった私は、このエピソードを聴いてふと19年前を思い出した。私も19年前、ひめゆりの塔に行き、実際に生き抜いた方から話を聞いたことがある。わずか8歳ほどであったにも関わらず、ひめゆりの塔で聞いた話は今も鮮明に覚えており、沖縄戦の悲惨さもまた、あの時受けた衝撃が心に根深く残っていた。

そんな背景もあり、歌い始めた彼女たちの口から紡がれる言葉の重みや想いがストレートに響いたのかもしれない。あまりにも綺麗な音色と悲惨な過去を悼み平和を祈るような言葉に、つい目を潤ませてしまった。19年前に出会った島唄と沖縄戦、ひめゆりの方々が19年後の今繋がってまた私の心を動かしていることが、私を何とも言えない感情にした。

この国際通りで観光を楽しむ人々の大多数が、「南国でのバカンス」を目的としているのかもしれない。その南国にも、思い出したくもない過去はあり、現在も直面している問題が無数にある。19年前は分からなかったことが、今分かるようになっているからこそ、目を背けずに見つめたい。