
最初の頃の夢は童話の様な話を作って、それを写真で表現する様なものを作りたいというのが目標でした。
処が、実際に写真を始めて日が経つうちにそんな事はすっかり忘れてしまいました。

初めて写真のモデルに成ってくれた女子美に通っていた女性です。(富士山にて)
大学の同級生です、、。(青梅にて)
山下公園で撮影の時に一緒に荷物番をしたMさん、、スタイリストの方です。
カメラマンや撮影隊は氷川丸、ずっと2人で留守番、、でした。(山下公園)
誰かの紹介で写した娘、、名前は誰だっけ。(絵画館前) 
横浜のTさん(元町で)。
兎に角、練習の為に、、作品作りの為に何人の方にモデルをお願いしたか判りません。
お金も何もなかったから、お礼は何もしていないです。
今にして思えば、助手に成る前の約1年間 (大学の4年頃の時期)が一番楽しく写真を撮ったり研究したりの時期でした。
当時は運送屋のバイト先で知り合った友人が写真学校に通っており、彼の兄は西麻布の広告会社のディレクターでバイトで雑誌広告をちょこっとやっていたのですが、それの手伝いが我々の仕事だったのです。
つまり、写真は最初から実践で学びました。
まだ、モータードライブも高くて普及していない頃ですから、如何に早く巻いてシャッターが押せるか、素早いフィルムチェンジも繰り返し練習しました。
Nikon Fと言っても今の人は知らない人が多いでしょうね。
1959年発売のカメラですが、この頃日本ウクレレ協会も出来たり、フェンダーはストラトキャスターを発売したり、、自分は本当にまだ子供の頃に発売されていたんです。
シャッターボタンはバルナックライカの 面影か、とても使い難い位置に有ります。
フィルム交換は裏蓋をカメラから外してしまいますので、雨降りの時等難儀します。
Canon F1は1971年3月の発売ですから、自分がカメラを買う12月はまだ出たばかりの頃です。
シャッタースピードも当時最速の1/2000でした。
今見るとどちらも、角張ったデザインで塗りもエナメルラッカーの様な物なので暫く使っていると、角が剥げて来て下地が出てきました。
両機共に、プロサービスでオーバーホールを掛けたまま保存しています。