Chestnut & Chipmunk
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さようなら

毎年この時期になると、異世界から降ってきたような微粒子たちが、街の中を、教室を、茶の間を、果てはブラウン管や液晶の中までをも占領し始める。




数百年前、パスツールが、顕微鏡を使って細菌を発見してから“汚い”という概念がひっくり返ってしまった。




“目に見えない汚さ”に、21世紀を生きる我々は未だ四苦八苦している。




誰かが言った



“お尻は『汚い』と意識した瞬間から汚くなった”



と。




ウォシュレットの繁栄を揶揄した言葉だが、語弊を恐れず言えば、顕微鏡などというものを発明しなければ、潔癖症なんていう病気は生まれなかったろう。




目に見えないけど“存在”する、というものは怖いんである。



暗い夜道を想像してご覧なさい。




友達の家でのパーティーで、ちょっとはしゃぎ過ぎ、帰る準備をし始めたのは丑三つ時。



“泊まっていけよ”という友達の言葉に遠慮し、千鳥足を何とか操縦し、歩を進める。



街灯はない。



時折、起きる時刻を間違えた明け烏が遠くで寂しく鳴く。



視界は、墨汁をぶちまけたような真っ暗闇。




誰とすれ違っても怖く、ちょっと構えてしまうが、それが“人”だと、判別できれば安心するんである。




怖いものを、いつまでも“怖い!”と言って目を背けていると、いつまでたっても怖いままだ。




一回、ジーっとよく見てしまえば、“なんだこんなもんか”と、克服できたりする。



イマジネーションがほんの小さな恐怖という核の周りに何層にも取り巻いているのである。




日進月歩で目まぐるしく発達する情報媒体市場に、いささか反対の念を抱いていたが、最近その考えを改め、スマートフォンを買った。



色々な面で、私に利益をもたらしてくれる彼だが、私が使い方を覚えてないからか、毎日、彼を触る度に“科学は発達していないなぁ”と勝手に考えている。



どういうワケか、このブログの運営形式が私のスマートフォンに合っていないらしく、更新ができないようだ(この文は旧携帯で打っている)



なので、勝手ながらこのブログは今回までとし、別なブログに移住します。



それでは、皆さん、とりあえず、さようなら。また今度。



新ブログは近々ツイッターで公開します。



《今日の格言》
http://twtr.jp/user/kim5150/status

ユートピアはいつも頭の中に

そもそも、人間の男性には一様にぺ二ースがついていて、女性には乳房の膨らみやヴァギーナが、それぞれ初期設定で備わっている。



そのような姿形が、生まれてくるまで自分では選択できない、という厳然たる事実があるから、“スタンダード”とズレた時に差別が起こる。



例えば、皆、思い思いの姿形が違う“生殖器”を持ち、お互いに“こことここをあわせれば合体に至れるのではないか”というように、まさぐり合うような具合だったら、互いに認め合い、差別のない社会ができるのではないか、などと思っている。



私だったら…そうだな、



“右手の五本指全てが生殖器”



だったら、便利だなぁ。



“ナニ”が指なもんだから、自由自在に動かせるし、隠す必要がない。



冬の寒い時、手がかじかみ、温めようと手を擦り合わせたり、誤って指にクリームをつけてしまい、己が口で舐めようものなら、大変なことになってしまうが。


まぁ逆に、一人でムラムラした時なぞは、セルフ・フェ○チオができるではないか。



相手も手の指に生殖器がついているタイプの人間だったら、合体行為は、ただ“握手”しているだけに見えて、なんだか滑稽だが。




語弊を恐れず平たく言えば、そもそもコミュニケーションというのは、異形なモノとのコンタクトから始まるはずだ。



本来はそういう大前提があるはずなのだが、神の悪戯か、みんながみんな見た目が“そこそこ同じ形”だから、多少のズレが気になってくるんである。




個々人が、目が3つあったり、手が8本あったり、おつぱいが234コあったりすれば、もっとイイ世界になるだろう。




服屋、帽子屋、下着屋、メガネ屋…その他諸々の業者が困るだろうが。



オーダーメイドが基本になるだろうな。



ユートピアはいつも頭の中さ。





《今日の格言》
でも結局は同じような者同士がグループを作る。

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