きみぃ's Diary -3ページ目

きみぃ's Diary

毎日のできごとや考えたことなど、思いつくままに書いてみようと思います

ふと
私の生き方は黒子だと気づいた。

相手優先なのもサポート専門なのも
私は黒子という前提があるんだろう。

自分を生きてはいけないと
いつの間にか
自分に呪をかけてしまったのかもしれない。

心理を学んでからお母さんはおかしくなった
そんな長男の言葉が
全てを表しているのかもしれない。

当時は
いろんなことに気づいて学んで
より良い私になっていると思っていた。

でも
振り返ると
私は怖いという感情から
逃げていたのかもしれない。

強すぎて感じられなくて
逃避していたのかもしれない。
今の自分ではダメだと
自己否定を強固にして
そこから何をやっても行き詰まる。

木っ端微塵になったことで
さらに自分いじめに拍車がかかった。
いたわりねぎらい
大事にするということができてなかった。

自分を愛することが
何よりも大事だったのに。

怖い!助けて!
それらを自覚できてなかった。
学びに行っても
できないのは私の努力が足りないからと
さらに自分を追い詰めて
怖いという気持ちに蓋をしていた。

なんでできないの?わからないの?
全部自分で選んでるんだよ。
現実を見て!

現実を直視できない
逃げてる自分が悪いんだと
どうしたら変われるのかと
ずっともがいていた。

できない自分をバカにして責めまくって
自分が自分を追い詰めてた。

数年もの間
闇落ちしてしまった。

やっぱり私はいらないんだと
木っ端微塵になりながらも
前提を強化してしまっていた。

私をばかにするな!と
奮起できればよかったのか。
自分を愛して大事にできれば
こんなにも悩まなかったのか。

自分の人生なのに
主役不在で黒子しかいないのなら
立ち行かなくなって当たり前。

私が主役の人生?
それってどんな生き方なんだろう?
身近にはお手本がいなかっただけ。

さてこれからどう生きようか。
こんな生き方しかできなくてごめんなさい。
これしか知らなかった。
これが精一杯だった。

そんな私を私が許して愛する。
私はただ必死に生きてきただけのこと。
生きてるからこそやり直しもできる。

ごめんなさい。
そして
ありがとう。
いつも周りを見て
困ったことがないか探して
役に立とうとしている

自分は二の次で
裏方に回って
誰かのために動いてる

その生き方が
幼少期から続いている

それか当たり前過ぎて
自分を生きることができていない

目の前の人は
自分の好きなように
やりたいことをやっていて
めんどくさいことは私に丸投げ

私はめんどくさいことを
全部引き受けて
なんなら
そのめんとくさいことをやらないと
生きていけないような感覚でいる

そのおかしさに
いつ気づくのか

自分のやりたいことを諦めて
裏方に回ってるのは誰なのか

輝いてる人を羨ましく思って
指を咥えてるだけなのは誰なのか

いつか誰かが
何かを変えてくれるとでも思っているのか

今の状況にOKを出しているのは
他の誰でもない私自身

イヤダイヤダと思いながら
自分を下げているのはなぜ?

木っ端微塵になったあのときに
私は変わるんだと決意した

今までの私じゃダメなんだと
強く思ってしまったから
私の気持ちの全てに迷いが出てしまった

私は間違ってる
と思い込んでしまったのか

自分を信じられなくなっているのは確か
人生を投げ出しているのも確か

そうやって投げやりになっていても
誰も何もしてくれないんだよ

自分で自分を生きると決めることで
自分の人生が始まるのだよ

できるかできないかではなく
やるかやらないか

自分を大切にするかしないか

結局
自分は何を選ぶのか
そこにたどり着く

一つ一つの選択が 
人生を作ってゆく

今自分は何を選んでいるのかに
もっと敏感になろう

自分と向き合う時間は大事

どう生きるのかは
自分だけが決められる
誰も代わってくれない

いつまで赤ちゃんでいるのか
いつ成長を始めるのか

いつまで自分を卑下してるのか
いつ自分の力を認めるのか

木っ端微塵になったところで
それまで私が培ってきたものは
何一つなくなってない

私が努力してきたことは
何も汚されてない

木っ端微塵になったのは
私自身ではなくて
相手に依存して乗っかってる私
相手のために良かれと思って
自己犠牲していた私

だからもう自己犠牲はいらない
それまで生きてきた私自身を信じて
自分の力を認めて
自分の足で歩んでいく

答えは全部私の中にある
私が私の声を聞くだけ

間違えたなら
謝ってやり直せばいい

いっぱい間違えたなら
いっぱい謝るしかない

それでも人生は続いていく

いつ本気になるか
ただそれだけなのよ

怖いことはなくならない
また同じように
木っ端微塵になりたくないと思っても
予想外のことが起こるのが世の中

怖いことが起こらないようにと
恐れから自分を無視してる
それが間違いのもと

怖い気持ちとやりたい気持ち
どちらが勝つのか
ただそれだけなのよ

既に怖いことは色々と起きた
それでも今生きている

つまり

何か起きてもなんとかなるということ



だから
どんどんやればいいってこと

怖さを受け入れて
一歩すつ進むだけ

そこに必要なのは

自分を信じること

私は私であるという自信

ただそれだけ


それがなければどこへも進めない


私は私でしかない

この私で生きていくという自負


私が私を認めて愛して生きていく


そのうえで
どこを目指すのかが大事
ゴールに意識を向けて
そこにたどり着くという強い意思がいる

どんな自分でありたいか
そこだけを見つめてく

今の幸せを見て感謝して
もっともっと満たされるように
豊かになるように
今あるものを見ていく
変わりたいのに変われない

いろんな気付きがあって
そんな自分を受け止めてきたつもりで
変わってきたと思っていた

でも
何も変わらない自分にがっかりする

自分と向き合ってきたからこそ
緩んできた事実もある

変わっているところも勿論ある

そこに目を向けるかどうかなんだ


自分にダメ出しばかりしてるから
駄目なとこに意識が向くから
ためが大きくなる

いいところやてきてるところに
目を向けて
自分の機嫌は自分で取らなきゃね

動けないのはなんのためなのか?
なんのために動かずにいるのか?

なんのために殻に閉じこもるのか
なんのために指示を待つのか
なんのために自分で決めないのか

それなのに
我慢のイライラを

受動攻撃で排出してる


ずるいなぁ

ずるいんだよ私


結局親と同じ生き方を

引き継いでるんだよね

お腹いっぱい

インプットいっぱいしすぎた


私はどうしたいのか
どうしたらいいのかがよくわからない

いやだ
私に乗っからないで
何でも私に求めないで
これ以上できないよ

苦しいよ
やってもやっても求められる
どこまで差し出せばいいの?

私にはもうなにもない、空っぽだよ

そうやって被害者でいるけど
私が自ら背負いに行ってる
なんのために?
寂しいから
一人が嫌だから

誰も自分を見てない恐怖
だから私も自分を見れないのか

一人になろうとする私
それでもちゃんとしなきゃ

あれやらなきゃこれやらなきゃ


頭ばかり忙しくて
結局何もしてない

なんで私がやらなきゃならない


誰かやってよ

赤ちゃんなのは私
思い通りにならなくてイライラしてるのは私

そもそも私は何が好きなのか
どうしたいのか?

大事にするがわからない
誰の正解を探しているのか

存在してることに価値がある
私は存在してていいの?
何もできない役に立たない
死にたい

なんで人は生きてるの?
人と揉めるし自然を破壊するし
生き物を殺すし
地球にとって邪魔でしかない

私はいらない人
やっぱりそれがへばりついてるのか

人はなんのために生きるのか

オリンピックってなんのためにあるのか

スポーツだって勉強だって

得意な人が褒められるだけ


何もない人はどうすればいいの?

どう生きればいいの?

どれが正解なの?


私は暇なんだな

何をしても何をしなくても

誰にも怒られない


一人になろうとしてるだけ

人が怖い人が嫌い

誰のことも信じてない


どんなに愛されていても受け取らない

受け取ったらどうなるのか?


それは私じゃないと思ってる

私は愛されたくないのか?

愛されてないのが私

愛されちゃダメ


どうせ私は愛されない

私はダメ

だから私は変わる


そして願い通り

以前の私とは真逆になった

これで良かったのか

つまんない


どうせ私は愛される

私は今のままでいい

だから私は変わらなくていい

変わらなくていいんだよ

気がついたら

ひたすらインプットばかりして

アウトプットしてないから

入らなくなってきた


アウトプットってどうやるの?と

そんな疑問すら浮かんでくる


とりあえず

こうして思いつくままに書いてみて

あふれかえるものを

少しずつ吐き出してみようと思う


そもそも

なんでこんなにインプットばかりするのかと言えば

自分に自信がないから


外に答えを求めて

正しい答えをくださいって思ってるから

何でもかんでも欲しくなる


それぞれが腑に落ちる内容でも

微妙な相違があると

そこで混乱が起こる


私の中で咀嚼して消化できてないから

そうなるんだよね


頭でっかちになって

わかったつもりになってて

腑に落ちてないから

何も変われない


借りてきた知識をそのまま使ってても

自分の言葉にはならない


咀嚼して消化して自分のものになったからこそ

自分の言葉として語れるようになる


そう思うと

自分の中でも区別できそうな気がする


今頭の中にあるたくさんの知識を

自分のものにするために何ができるか


様々な活動をしていく中で

ふとした時にそういうことだったのかと

気づくものなのかもしれない


行動することが大事


何をするのが正解かなんてわからないし

行動することで必ず得るものがあるから

それが全部正解ということになる


そっか

行動すれば正解なんだ


何もしなければ何も得るものがないから

わからないままなんだ


まず動く

動きながら考える


ちょっとしたことなら

当たり前のこととしてやっていることなのに

自分の中で大事になってるものは

動けなくなってるんだなぁ


こうして書いてみたことで

いくつか気づけたこともある


やってみるって大事だなぁ