きみぃ's Diary

きみぃ's Diary

毎日のできごとや考えたことなど、思いつくままに書いてみようと思います

インプットしすぎて
もう入らなくなってきた

アウトプットしなさすぎて
ひどい便秘状態

知識としては色々ありすぎて
混乱状態

頭でっかちになってて
せっかく学んだ知識を活かせてない

もったいないよね


たくさんインプットしたのは
なんのためか

学びのためなんだけど
どこかで
私には価値がないんだから
もっと価値を身に付けなきゃって
焦っているのかもしれない

私は何者でもないし
何かを持ってるわけでもない

そんな私が
人と対等に関わるためには
まだ何か足りないと感じている

だから
インプットしたくなる私

誰かにハグしてほしいけど
そんな経験もなく
このままの私じゃダメなんだ

そんな悲しい気持ちが
あふれてくる

もはや
インプットすることさえも
今の自分を責めてるように感じてしまう

お前はまだまだなんだ
もっと知識をつけろ
価値のある人間になれ

つまりは
私への否定にしか感じられなくなってきた

そりゃ苦しくなるよね
ずっと否定されてるように感じるんだもの

どんどん悪循環に陥っている
否定は否定しか作り出さないという
典型的な例なのかもしれないな


インプットした中から
新たな気づきを得て
さらに自己理解が深まって
日々成長していってる

それもまた
インプットとした成果でしかない

そこをないものとしていたら
苦しいだけで成長が見えなくなる

だから益々
苦しくなるという悪循環

気づいて認めて
そこからどうする?

自己否定ではなく
成長に目を向ける

否定的に感じてもいい
でも
自分を否定しない
自分責めしない

私はたくさんインプットした
蓄えはたくさんある

咀嚼して自分のものにして
必要とする人に届ければいい

インプットがなければ
アウトプットも底をつく

私は与える人になる
それでいいのよ
子供が生まれてから
子ども最優先の生活を送ってきた私

実家が遠くて手助けしてもらえず
私がやるしかない!と思ってたから。

夫も忙しくて休めない人と思ってたから。

そうやって全部を背負い込んで
被害者になりながら
必死にやってきた。

子供達が大きくなって
不登校になって
なんとかしたくてもがいて数年。

私は何も変われてないのか
子どもたちの不登校は長引いている。

やりたいことだけやって
やりたくないことはやらずにいる
不登校の子たちを見てると
そろそろ怒が爆発しそうになってくる

子供達が悪いわけではなく
勝手に我慢して被害者になってるのは私。

働きたいのに怖がって足踏みしてるのは私。

そんな私にイライラしてるだけ。

目の前の相手のせいと思いがちだけど
結局は自分自身との関係性なんだよね。

私が私をどう扱うか。
ただそれだけ。

自分の声を聞いて
自分を大事にする。

シンプルなのに
簡単そうで難しい。

私は私を大事にする。
とりあえずそう決めて
少しずつそっちに向かっていく。

私は私を大事にしたいから。

子どもたちに
大事に思ってることを伝えたい

子供達が大事にされてると感じて
安心できるように関わりたい

そう思っているのに
実際は思うようにできてない

優しくしてるでしょ
これで安心できるでしょ

そんなふうに
押し付けてるだけ

そんなだから
子どもから優しい反応ではなく
冷たい反応が返ってくると
とてつもなく悲しくなってガッカリする

これじゃどっちが子どもなんだか…


親が子供に
優しくしてよ
OKちょうだいよ
ってクレクレしてるから
子供は不安になるのだよ

だって
親から与えられるはずのものが
与えられないだけでなく
親に与えなきゃいけないなんて
苦しいだけだもんね

親は親自身が
自分に与えて豊かになって
あふれる分を子どもたちに与えればいい

きっと簡単なことのはずなのに
難しく感じてしまう

それは多分
親自身も子供の頃に
親から与えられてこなかったから

そういう負の連鎖は
私の代で止めたいのよね

自分を満たすって
慣れてないから難しいけど
自分に興味を持つことからやってみよう

私が私に興味を持つ
私が私を満たす

まずはそこから
なんだろな。
とっても豊かで満たされた生活をしている。
それはわかってるのに
受け取れてない自分がいる。

私はこんなに豊かなんだよ。
お金もあるんだよ。
周りに人もいて
とっても幸せなんだよって
たくさんのメッセージをもらってると思う

それなのに
それらを受け取れない私がいて
受け取っちゃいけないと思ってる私がいて
自分を幸せにしない選択を続けてる気がする

なんでだろ


そうやって
ずっと同じとこでもがいてて
私の中で当たり前になった知識や経験は
どんどんシェアすればいいのに
こんなのをシェアしても…と
喜びの循環さえも止めてしまっている


私は幸せになっちゃいけないの?
自由に人生を満喫しちゃいけないの?

なんでそんなふうに
思い込んでしまったんだろう?

そこから抜け出していく人が居るのに
私は留まったまま

なんで?
抜け出したくてもがいるのに
そこにいなきゃならないと思ってるのは
なんでだろう?

幸せになっていい
自由になっていい

そう思うと
罪悪感が溢れ出す


ごめんなさい
ごめんなさい


私は誰に謝ってるんだろう

私はどんな悪いことをしたと思ってんだろう



この思い込みから自由になりたい
もういらなくなった
この思い込みを手放したい


この気持ちを感じ尽くして
出し尽くして
終わりにする


次の世界が見え始めてるはず

私は十分に頑張った
罪があったとしたなら
十分に償った

もう自由になろう
幸せになろう

そこにいるということ

それだけでいい


でもそれは
何もしてないということではない


生きていること
1人でいること
集団の中にいること

どれも何もしてないことにはならない


そこにいることで
感じることがあって
考えることがあって
気づくことがあって


そこから
何かしらの行動につながっていく


そこにいるだけで
必ず何らかの影響を受けているから


同じように
そこにいるだけで
誰かに影響を与えている


何もしてないようでも
生きているだけで
そこにいるだけで
影響を受けたり与えたりしているんだ


そこから先は
自由に選べばいい



ほんのちょっとの挑戦が
新たな世界の扉を開く


新たな世界でも
そこにいるだけでいい


そこにいることが
未来へ繋がっていく