企画参加者102名、全612首の歌の数々。質もボリュームもそりゃあ凄いものです。ネットプリント配信の期間中に感想を書ければよかったのですが、今頃そろりと書き始めますよ。。。
なお、全首の感想はさすがに書ききれません。独断と偏見で取り上げておりますのであしからずご了承ください。
また感想に対しご不快の念がございましたらコメントにてお受けいたします。誤字・脱字・著作権者からの削除に対しても厳粛に対処いたしますのでお知らせください。
どの雨も私に降った 借りものの言葉がやっと旅立ってゆく
「ここは水底」/ 生田亜々子
主人公は乾いていたのだろう。物質的にも精神的にも。そこに雨が降る、さまざまな「雨」。借りものの言葉が去って行ったということは、乾きは癒えたのだろうか。雨上がり、主人公が顔をあげる姿が目に浮かぶ。
『どの雨も私に降った』――それは、残酷であり不幸せな偶然の重なりでもあるだろう。そして、僥倖なのだ。この歌をとても羨ましく思った。
駅前に川が流れる町に住み日に二度川を渡って暮らす
「駅前に川がある」/ 泳二
思わず「千と千尋の神隠し」の序盤、夕暮れが急に訪れ帰り道が水で満たされ閉ざされるシーンが浮かんで唸った。駅は移動する場、川は変容するもの。日常から非日常、ひととき異質な場所へと移りまた戻ってくる……そう思って読み直すとこの歌は、怖い。
ちなみに昔住んでいた町の駅横には小さな川が流れていた。昭和の中頃までは泳げていたという川の、その初めの部分にあたる。やがて開発によって悪臭を放ち、河口近くまで暗渠化された。
あの川に思いはせると、「駅前の川」と「暮らし」が共に生きていることを羨ましく感じる。まぼろしだとしても。
交わしても交わしても雨いつかまたあじさい通りで逢う約束を
「滴り」/ 大木はち
交わすのは約束か、口づけか、身体か、通りすぎる傘か。あじさいの花言葉は心変わりというから、約束も確かにはならないのだろう。「交わしても」はオノマトペには苦しいが、「交わしても交わしても」と繰り返すことで視覚的に交わる雨筋や傘の群れが見えるような気がした。
出航は晴れやかであれiPhoneを落として便器すこし光って
「うずまき管に水音」/ 大葉れい
一首だけ取り出して読むとコミカルなシーンが浮かぶのではないだろうか。便器に落としたiPhoneへの"ヨーソロー"。5首すべてを通して読むことでわかる哀しみがある。
なぜ便器にiPhoneを取り落とすことになったのか、「出航」とは何を意味するのか。
大葉さんのつけたタイトル「うずまき管に水音」の由来を、わたしは耳の蝸牛から来ているのではないかと勝手に思った。水音が耳に残る。
「泣く」なんて選択肢にはなかったな有精卵でつくる煮卵
「スコールの循環」/ 葛紗
一読して馬場あき子かと思った、怖かった。「泣く」選択肢があってもいい、重い選択をしたのだろう。主人公は泣く選択肢も忘れてはいない、ただ決断する人なのだ。
歌のその後が怖い、「有精卵でつくる煮卵」。読み手を選ぶのだろうな、切れ味の鋭い歌である。
※「怖い」は私のなかでかなり上位の褒め言葉ですが、褒めと認識されづらいのも事実です
雨傘を杖のつもりで使おうと試みやめた数秒の間に
「雨傘」/ 工藤吉生
それは避けるものであって支えにはならない。……そんなシンプルな結論がどうしてこんなに沁みるのだろう。5首を通じて主人公の堪えがたい孤独を感じる。
――まだまだ書ききれませんが、今日はこのあたりで。
ネットプリント配信は終了しましたが、Web閲覧版、PDFダウンロード版などがあるそうです。
興味をもたれた方はぜひぜひ千原こはぎ氏のブログで詳細をご覧ください。
こはぎうた 「水」がテーマの合同短歌集『みずつき4』