「ここがあなたが働く拠点、治安部局よ。」
マリスさんに連れて来られたのは、最初のエレベーターがあった建物の隣の、大きなビルのような建造物。
マリスさんは木製のドアを開けてつかつかと中に入っていく。
「あなたの同僚となる人間はみんなカガンダの人間。仕事内容は治安維持。元々法がないこの街で何をするのかっていうと主に殺人、詐欺、窃盗の犯人を捕まえて牢屋に入れて何年入れておくか協議する。」
「あまり…警備隊と変わりませんね。」
「そうね。この部局が出来たのは地上の人間がこの地下街を見つけてからだから、出来てから40年も経ってないのよ。警備隊が出来てからもう100年でしょう?」
私が上で必死に勉強したことはこの街でも通用するらしい。少しほっとした。
そして、私はずっと、マリスさんの話を聞きながら違和感を感じていた。
何故、彼女はこの街を「見つけた街」
ではなくまるで自分のふるさとのように言うのだろうか。
「マリスさん…この街によく来るのですか?」
「ん?いや、よくは来ないけど…。2、3回来たぐらいじゃないかな。」
淡々と返すマリスさんに、私はもう何も言えなかった。
「これから局長に挨拶に行くのだけど…一人でも大丈夫?私はまだ地上で仕事がたくさんあるから帰らなきゃならないのだけど…。」
「はい。大丈夫です。…多分。」
「あんまり緊張しない方がいいよ。局長も気さくな人だし。それじゃあ、これから頑張ってね。期待してるよ。」
マリスさんはバイバイ、と手を振って去っていった。私は一礼してその後ろ姿を見つめた。…これからこの未知の世界で生きていかなければならない。私は頬を叩き、目の前に立ちはだかる扉に手を置いた。これから何があろうと…私はきっと出来るだろう。
「失礼します!」
「どーぞー。」
気さくな、そして何処かで聞いたことがあるような声が中から聞こえた。
扉を開けて中に入ると、マリスさんと同じくらいの年の女性がいた。
「やあ。地上からの優秀な新人さんだよね。マリスとへーかから聞いてるよ。名前は?」
「セセル・タドリスタです。」
私が名前を告げると、彼女は目を見開いた。
「もしかして、もしかしてだが…弟がいたりしたか?」
突如として食いついてきた彼女に私は少し焦った。私の弟は10年前に聖都で殺されている。
「はい…。10年前に、事件に巻き込まれ死んでいますが…。」
「やっぱりそうだ!セセル、私を覚えているか?セドンだ!セドン・コラルだ!」
その名前を聞いた瞬間、私は固まった。文字通り、口を開いたまま動けなくなった。
そして頭の中に、忘れる訳のない10年前の光景が蘇る。

「これから洗礼だから、ちゃんと大人しくしているのよ。」
私のお母さんが、私と弟の手を繋いで、注意する。聖都アランシアで、ナハト教の洗礼を受けるはずだった私と弟は、母と共に教会の前の行列に並んでいた。
「かあさん、私早くお稽古いきたいよ。」
まだ10歳だった私は、武術を習っていた。それに没頭していた私は、母にそう文句を言ったりした。
「僕、おなかすいた。」
5歳の弟シルタはのんびりやで気まぐれ。母はカバンの中のビスケットをシルタに渡していた。
長い行列で私達姉弟が愚図り始めた時だった。
パアンッという破裂音と悲鳴と男の人の怒鳴り声が聞こえた。
私達の30mも行かないところに赤い液体を体からどくどくと流した女の人が倒れていた。その後ろに黒いマスクをした男の人が、マスケット銃を構えていた。その時、教会から声が聞こえた。
「何をしているのですか!ここは神聖な場所です!今すぐ銃を捨てなさい!警備隊を呼んでいます!今すぐ銃を捨てなさい!」
神父さんの声だった。母が私と弟を自分の影になるように隠した。
「何を言っているんだか!俺はその神聖な場所をあえて穢しに来たんだろうよ!何がナハト教だ、何が帝王だ!地上の健全な人間を見捨ててどこから這い上がって来たかもわからねえ犯罪集団に国を任せるなんてまともな人間共がやることじゃねえだろーが!」
黒いマスクの男が叫んでいた。
母が私達の手を強く握りしめた。
人々が静かに動き出す。泣きだす子供たちに気を失う親たち。教会は裏口から人々を建物の中へ避難させていた。
「ああいいさ。隠れたって。別に俺は人が殺したい訳じゃないからな。だがそこから出てきた瞬間に俺は撃つからな。」
男が静かに告げた。
私達が教会の前に着くとすでに狭い講堂の中はいっぱいだった。私達は近くの物陰に隠れて震えていた。
始めて殺人というものを見た私は恐怖で言葉を出すのが困難だった。
「ここに隠れていようね。泣かなくて良い子ね、シルタ。」
母は小さく優しい声で私達に話しかけた。
私は開かない口をやっとのことでこじ開けて母に尋ねた。
「かあさん、あの人は何をしているの?誰がにくいの?」
頭の中には何故がいっぱいあった。
何故あの人は人を殺すのだろうか。
何故あんなに怒っているのだろうか。
何故神聖なはずのここで人殺しをするのか。
そんな私の問いに母は悲しそうにうつむいて答えた。
「ごめんね、セセル。それはお母さんにもわからない。ただ一つわかっていることはあの人はお母さんの友達が嫌いって言ってる。」
「お母さんの友達?」
「そうよ。すごく良い人なのよ。でもね、ちょっとだけ、みんなに内緒にしていることがあるのよ。」
「あの人はその秘密が嫌いなの?」
「そうみたいね。」
母はそう微笑んで私の頭をなでる。
やがて真剣な目でこう言った。
「今から警備隊が来るわ。武術は本来こういう時に使うものなの。だけどね、セセル。自分の命が危ない時は無理をしちゃいけないの。それが一番わかってるのが今から来る人たちよ。待ちましょう。」
母が私の両手を包んだ。私は大きくうんと頷いた。その時だった。私はさっきまで母の後ろにいたはずのシルタがいないことに気がついた。
「かあさん、シルタがいない!」
母と私は身を潜めているバリケードから首を伸ばして周りを見渡した。
「シルタ!」
みるとシルタは黒マスクの男に近づいていた。
「お兄さん、なんでそんなに怒ってるの?それ、危ないよ?」
シルタはのんびりとした口調で男に話しかけた。
「うるせーよ」
男は素早く銃を構えてシルタの頭を撃ち抜いた。
「シルタ!!」
母が倒れたシルタにかけよる。
男は無言で母に向けて発砲した。私の目の前で、母の胸から鮮血がとんだ。
私はしばらく自分の目の前で何が起こったのかわからなかった。
周りのざわめきが波のように頭の中を揺らした。
「かあ…さん?」
倒れた母に触ると、既に体は少し血の気を失っていた。その温度に、私は現実を見た気がした。
恨み、怒り、悔しさ。
その瞬間、今まで感じたことのない感情が一気に湧いてきた。
気づいたら、私の足は動いていた。
男に向かって走り出した。
母とシルタの仇をとるのか、それとも共に死にたいと思ったのか、あるいはその両方か、今でもわからない。
男が銃を構えたのが見えた時だった。私を抱きとめる何かと金属音が聞こえた。
「大丈夫か⁉︎」
女の人の声だった。
金属の盾を振りかざしたセミロングの女性が、私の上にいた。
彼女は私の無事を確認し、男と戦い始めた。
彼女の武器は剣で、魔法弾を撃つ男には不利な状況だった。
「何者だ。」
男が静かに言う。
「…さあね。通りすがりの女さ。友人を殺された、ね。」
その瞬間彼女の剣が光だした。
「ち。ブースターかよ。」
男はその剣をみて後ろに下がり、逃げようとした。
「あ、おい!」
女性が追いかけようとするが、私は足を動かしていた。
確実に私の方が速かった。なぜなら、私の魔法は瞬間移動なのだから。私は一気に近づき男に習った技をかけた。腹の真ん中にストレートに蹴りを入れた。綺麗に決まった。そう思ったとき、男は崩れ落ちた。女性が駆け寄って男を抑え付けて手錠をはめた。
「お前何故そんなものをつける…」
男が静かに言う。
「私は通りすがりの友人を殺された女で警備隊員でもあるんだよ。」
身を潜めていた他の隊員が男を取り押さえていった。母と弟の亡骸も運ばれていった。私はただただ呆然とその様子を見ていた。
女性は私の方をみて、そして抱きしめた。
「君は…アリスの娘だよね。セセル…だっけか。」
「はい…。」
「私はセドン・コラル。君の母の友人だ。アリスは…私の大切な友人だった…。」
「セドンさん…。ありがとうございます。私を助けてくださって、あの男を捕まえてくださって、ありがとうございます。」
意外に私の頭の中は冷静だった。
目の前で起こった真実が受け入れられなかっただけかもしれない。
「いや。セセルもよく頑張ったさ。泣かずに強く、奴に蹴りを入れたじゃないか。そのお陰で私は奴を捕まえられた。君は…強いな。」
その後の私のケアも色々な手続きも全部セドンさんが最後まで面倒を見てくれた。セドンさんが転勤するまで三ヶ月という短い時間だったが、私に大きな夢を見せるに十分な時間だった。
大きくなったら警備隊に入ってこの人と一緒に働きたい。
この夢を叶えるためだけに、生きてきたような物だった。
母と弟を亡くした私にとって彼女は生きがいとなっていた。

「ずっと、心配していたんだ。ほんとに、ほんとに警備隊に入ったんだな!」
セドンさんが嬉しそうに言う。
「しかも全科目成績トップなんだろう?これ以上ない期待の星じゃないか!」
「陛下直々の配属先宣告で来れました。…陛下に感謝しなければ。」
「へえ…なるほど。陛下、やっぱり流石すぎる。」
にんまりしたセドンさんはやがて大きな声で言った。
「ようこそセセル・タドリスタ!警備隊カガンダ支部局へ!そして、カガンダをよくしようプロジェクト「アリス」へ!!」
晴れやかな笑顔。
母の名前と同じプロジェクト。
やたら土臭い部屋。
私はこれからの日々に胸を踊らせた。
人生は本当に、何が起こるかわからない。

ビーッビーッビーッ

突然けたたましいサイレンが鳴る。
「な、なんですか。何か起こったのですか?」
「ああ、ごめん。フロントからの呼び出し。表に人が来ただけでこれだから参っちゃうね。なんだーい?」
そういいながらセドンさんがマイクのスイッチを入れる。女の人の声が聞こえる。
「セドンさーん。情報屋さんが来ましたよー。」
「あーい。」
通信が切れる。
「丁度いい。うちの優秀な情報屋を紹介するよ。」
そういったセドンさんについていった先にいたのは、
「セドン、ニュースだ!大ニュースだぞ!」
情報屋と言うには似合わない小柄な少女だった。