諸君は史上最も高価なマイクが何か御存じだろうか?
一般的に現行機種よりも廃番になったいわゆるビンテージマイクの方が高価であることが多い。
それだけ入手困難ということだ。
入手困難だからこそ、そこに資本主義の原理が働く。
お金を積めば買えるという話だ。
しかし、全ての廃番マイクが高価になるわけではない。
有名人が使っているとか、何か頭一つ飛び抜けた特徴を持っているとか、裏で誰かが廃番マイク市場を操っているとか、色々な要素が絡み合う。
特にこの数年、ビンテージマイクの市場価格の上昇傾向が著しい。
投資目的で安全資産としてマイクを買う人が増えつつあるのではないかと推測する。
音楽に携わる人間にとっては仕事道具としてのみならず、資金に窮したら換金出来るという一石二鳥の優良安全資産がプレミア化したビンテージマイクなのである。
特に王道のビンテージマイクとして君臨するマイクたち(Neumann U47、Neumann M49、AKG C12、Telefunken ELA M251、SONY C-37A etc.)には半世紀以上に渡る歴史の荒波を乗り越えて辿り着いた重みがある。
話を元に戻そう。
史上最も高価なマイクの話だ。
それは、数奇な運命で歴史に翻弄された伝説のマイクの話だ。
そのマイクは1980年代の日本で生まれた。
その名は
SONY C-49
当時のSONYの技術の粋と最高の部品を詰め込み、価格を度外視して設計された。
なんと、定価は980万円!
98万円ではない。
980万円のマイクだ。
Z世代の若者には想像もつかないと思うが1980年代の当時の日本は元気だった。
そう、バブル景気だ。
地価は急上昇し、ちまたに成金が湧いた。
金持ち日本人が世界の名画を大金を出して買い占めていたのもこの時代だ。
980万円という高価なマイクであっても一定の購買層はあった。
このマイクはそのニッチな数人だか数十人のためだけに開発された。
まさに、SONYが培ってきたマイクの歴史の最終到達点となるマイクだった。
しかし、歴史は突如、想像だにしなかった方向へと動いたのである。
バブル崩壊である。
景気は一気に冷え込み、日本は長い冬の時代を経験することになる。
蜘蛛の子を散らすように、もはや、980万円のマイクを購入する余裕のある人や会社は無くなってしまった。
SONY C-49の発表から僅か数年後の話だ。
ところで、「史上最も高価なマイク、SONY C-49」という表題は偽りありだ。
このマイク、実はSONY C-49という名前で販売されたわけではない。
C-49という名前からピンと来るかもしれないが、外観がNeumann M49に非常によく似ていた。
Neumann M49と言えば1950-70年代にかけて日本の放送局やレコーディングスタジオで最も信頼され、最も多く使用された真空管マイクだ。
1980年代になって真空管の時代は過去のものとなり、Neumann M49の代替となるものをということで開発を進めたのがこのSONY C-49だった。
どれだけNeumann M49を意識していたとは言え、ノイマンの後塵を拝するのはSONYのプライドが許さなかったのだろう。
正式名称は既に販売されていたC-5XXシリーズのラインナップに準じるものになった。
しかし、製造中止後もSONYの関係者の間ではC-49というコードネームでしばらく呼ばれていた。
SONY技術陣のM49への憧憬、ノスタルジア。
このマイクを思い出す度に感傷にひたってしまう。
結局、その高価な価格と相まって、このマイクが一般に出回ることはなく、SONYの一部の人間と一部の放送局だけが存在を知る伝説のマイクとなった。
そして、2020年代、当時を知るものの多くは鬼籍に入り、このマイクが語られることは無くなり、誰もがこのマイクを忘れ、伝説は歴史の彼方へと姿を消した。
誰も見たことがないマイク、それがこのC-49なのである。
製造数は多くて20-30台。
現存個体数はその半分もないだろう。
数台でも残っていれば良い方だ。
当時の専門書にはかろうじて掲載されているが一般向けのカタログに載ることはついぞなかった。
伝説のマイク、SONY C-49。
もし今どこかに存在するならば恐ろしい価格になるに違いない。