法則
人が死んだり殺されたり。
そんな事実を目の当たりにする日常。
新聞やニュースでは毎日毎日人の死を報道している。
故に人々は「死」に対して免疫が出来てしまったんじゃないかな。
軽く捉えているんじゃないかな。
で、屈折した者はみんなやってるんだから僕もやったっていいだろうなんて思うんだろうな…殺人に限らず。
僕は殺された人だけが被害者だとは思わないし、殺した人だけが悪人だと決めつけたくはない。
怨恨の場合は被害者にも罪がある。
ま、無差別の場合はちょっと違うかな。
今、僕がこうしてる間もどこかで誰かが命を失っていると思うと痛い。
でもこれだけの「死」を毎日見ていたら何ら「死」は特別なことじゃないと思えてくる。
死ぬのは当然なわけだし、ただ早いか遅いか、または死に方の違いなだけで、死ぬのは極当たり前のことなんだよね。
でも、理についていけないのはやはり僕達が人間だからなんだろうな。
感情があるから割り切れない。
ま、割り切れる人も極少数いるんだろうけど。
僕はダメだね。
割り切ろうとしても割り切れないし、自分の正義を物差しにしちゃうから。
でもそれは自分にとって凄く負担になる。
耐え切れない時はある法則に頼る以外ないのだ。
僕はこの世は因果関係で成り立っていると考えるから、どんな死に方をしたかでその人の業の深さが露になり、故に過去の原因が結果として現れたのだと思うようにしている。
この法則に当て嵌めれば少しは割り切れる。
因があるから果がある。
自然の摂理ね。
感情に流されず理性的に捉えることも必要だよね。
つか…なんか疲れてきたから強制的に終了!
ではまた★
さて、麻雀でもしよ♪♪