これが結構難しい | SHOUT PIT

これが結構難しい

素晴らしいブログ記事を発見したので紹介したいと思います。

ネサフ民の突然の紹介記事に圧倒されるといい。肉です、こんにちは。

 

自分の弱さを認め受け入れる方法は?自分を知ることで克服できる?ー旅タロズ

 

なんかもうこの記事に「それな」が詰まり過ぎていました。

個人的にこの記事で一番素晴らしい表現だと思ったのはこちら。

 

「また、「自己卑下」「自己否定」は巧妙な弱者の戦略です。

つまり、自分を否定することで、自分を卑下することで、自分が弱いままでいようとするのです。」(リンク先ブログから引用)

 

こういうの読んでると卑屈な僕は「俺が弱者だと!?」という感情が

湧いてしまうのですが、これに関しては「己の中にいる弱者」として

読めて不思議と嫌な感情が一切湧きませんでした。

普段はそういう意味じゃないと理解してても湧くんだけどね。

今日は体調がいいだけかな。

 

昔から存在だけは感じていた「己の中の弱さ」。

僕自身、これに感情移入しかけているのを常日頃から感じています。

もはや同意や同調の枠を出てるんです。

自分自身なんだから当たり前といえば当たり前なんですけど。

 

強くなろうとすると「俺は消えるのか?」と怯えるんですよね。弱さが。

え?むしろこれ分離してる?

 

 

僕は昔と考え方が180度違うんですよ。

もう恥ずかしくて捨てちゃったけど小学生の時に描いた自分への手紙が

もう修造だったもんね。なんだこの暑苦しい奴…。

 

といっても多分、人から見たら大差ないのかもしれません。

だから変な恐怖は感じなくていい筈なんです。

考え方が変わったくらいで死人が出る筈もなく。

 

僕の中で擬人化された「弱さ」がある意味で僕を守ってくれました。

元々その為に存在してたんだろうけど。

 

僕はこれから彼をライバルと見なし、

反面教師とし、付き合っていきたいです。

多分殺すことはできないし、自分の中で湯煙殺人は勘弁です。

 

 

今は気分がいいのかそんなポジティブな考え方ができてます。

僕は自分の「強くなりたい」から逃げ過ぎていました。

ずっと言ってた割に全然どういうことがわからなかったんです。

そんな焦りから弱い自分を否定するようになってたのかもしれません。

 

もう自己卑下しない、という努力目標ができました。

ダメだったら直せばいい。直せないなんてことはない。

直せなくても直そうとする努力はするべきだ。

 

その努力だけでも評価してくれる人はいるのだから。

 

 

 

最近、どっかで読んだ(紹介したかどうか忘れましたが)
「病気と診断されたい女」という記事も「弱さ」の仕業かなと。

病気だったら専門的な治療をされるまで、或いは不治の病なので
努力ではどうしようもないといいたくなるんですよね。
又は毒親の件もそう。

勿論、本当に深刻な場合の人はこれに限りませんよ。
ただその影に隠れてしめしめとしてるクズも勿論いるって話で。
あ、僕の話です。ちなみに僕の家族全員このタイプのクズです。

これらも元々は「弱さを認められない弱さ」から来てるので
クズっていってやったら可哀想な気もしますが。
っていうか、これも自己卑下になりますかね。意外と難しいな直すの。


「弱さを認められない弱さ」も育成プログラムがあったわけで、
その弱さを持つ自分を責める心があるからこそ
責任の所在がどこにもないことを示す為の毒親認識もあるのかもしれないね。

親だって毒親に育てられたのかもしれないんだから、
もう責任の所在はうやむやだしもとからどうでもいいことなんだ。
だから自分も責められることではない。
と、言いたい回りくどい自己肯定だったんだね。

こういう捻くれた考え方をする人間、好きだからそれも困ったものだよ。


まあでも、僕の当初の思惑通り、どっぷり弱さに浸かることもできて満足。
僕は体験しないとどうも頭に入ってこない質でして。
幼い頃は弱さが認められなかった場合の修造みたいな奴だったので、
どう足掻いても弱者と認めざるを得ない状況に身をやつせたのはいい経験でした。

語弊があるといけないんですが弱くなかったと言いたいわけじゃないんだよ。
言い訳のしようがなくならないと認められない頑固者ってことだよ。
損な性格だよね。


僕は超の付く弱者大嫌い人間だったので謝罪とかも苦手なんです。
何にもない時はすいませんすいません言ってるくせに、
謝るべき時に謝れないんですよね。不思議だよね。

昔っからこれ。

こんなこと言ってると謝らないでもいい生活してきたんだと言われるんですが、冬場に薄着で外出されて1000回ごめんなさいさせられたり自分が悪くない損壊事件で5000円出して謝罪させられたり連帯責任でお客様に謝罪しにいったりと全然謝りまくってるからいい加減にしろよ。

後半二つにいらないプライドが見えますね。(冷静)
お前が悪いと言われ続けられた人間の成れの果てなんです。僕は悪くない。


でも事実は認められる様にならないとね。
謝らないからといって別に罪悪感がないわけじゃないからね。
むしろ人よりそれが強いから重責に堪えかねて謝れないんだもの。

人は失敗することもある。次はもっと良くする。
そうやって無駄な重責を取り除けば自ずと謝罪ができるようになる気がするよ。


今、強くなろうと努力して、強くなることができたら、
僕は本当に強くなれる気がする。
要領が悪いのはもうどうしようもないけど、
要領が悪いなりに頑張ってきたんだと思ってる。

早くから弱さを認めることができてた人は羨ましいけど、
そんなの羨んでてもしょうがない。


紹介した記事に
「強くならなければ、自分の尊厳も他人も、何も守れません。」とあった。

僕は無害さを表現したいが為に尊厳を守ろうとすることすら
「烏滸がましい」と自分で封じてきたところがあります。
どうぞ卑下して下さいと。そのくらい僕は無害ですと。

息を潜めることでしか身を守れなかったんですよ。
泣く声を抑えられなかったら酷い目に遭うんですよ。
息を止めないと、痛いんですよ。

だから僕は「無」でなければならなかったんですよ。


でも何故か社会は「無」である方が酷い目にあうんですよね。
本当に、家庭と社会のギャップというのは大きいだけ損です。

上手く育てなくても育たなくてもいいから
家庭と社会のギャップだけは少なくしていった方が良いです。

って、今、そう思いました。



これからは自分の尊厳を構築していきたいと思います。
愚弟に「学校のゴミ箱の匂いがする」とか因縁付けられてる場合じゃ
ないんですよ。お前の学校のゴミ箱どんだけフローラルだよ。
家族兼用のシャンプー香料の匂いですべてを打ち消されてるんだから
もれなくお前も同じ匂いだよ。
傷付くかと思って言ってなかったけどお前の部屋は相当臭いからな。


常に誰かの文句ばかり言ってる人間とはこいつですお巡りさん。つれぇ。
愚弟もしっかりこの色なので悪循環ですね。ハイ。


愚弟が何を言っても己が惨めになるくらいの尊厳を持たないとですね。
動機が不純。

精進していきたい次第です。