個人が創造する望みなんて存在する筈がないのに | SHOUT PIT

個人が創造する望みなんて存在する筈がないのに

僕は馬鹿なので、その場の会話ですぐに丸め込まれてしまう。

 

ずるい人たちは「自由にやりなさい」と寛大なフリをする。

我々は自由にさせたよと。免罪符をちらつかせる。

 

「お前が選んだ道だ」と。

 

 

しかし、よくよく考えればそこには思考誘導があった。

いや、そんなもの、ない方がおかしいのだが。

 

 

仕事や生き方というものには色々ある。

縁の下で本当につまらない仕事をしていたって

それは恥でもなんでもない。必要なものだから。

 

しかし、親というものはどうしても望みがある。

そしてそんなつもりがなくても、その望みに敵わなければガッカリする。

 

多分悟られないようにしてくれてるとは思うのだが、

やっぱりわかってしまうのだ。

 

 

主役であってほしい。

(彼らの概念の)充実をしていてほしい。

自分の中から湧き出るものを出していてほしい。

 

そんなことをしなくても楽しく生きていけるのに。

できなかったらガッカリされる。

 

「親の顔色なんて見なくていい」なんていうけれど。

僕はそれで大丈夫なほど家族に安定を感じてはいないんだ。

見限られたら他人になってしまうのだろうと本気で感じる。

 

よく「仲が良い家族」と言われるけれど、それはいつも一緒にいるからだ。

逆に言えば、「いつも一緒」でないと不安なんだ。

一度たりとも安心したことがない。

 

一番長く一緒にいた父親は厳しいところよりも

冤罪をそのままにするところが不安を煽る。

僕は覚えてるだけでも3回以上は冤罪で酷い罰を受けたが、

それについて詳しい話を聞いてもらえたことはないし、

受け入れてもらったこともない。

 

それ自体は今となっては笑い話なのだ。それ自体はどうでもいい。

ただ、僕自身を守るものは一切ないという感覚だけは強かった。

 

何があっても、僕が僕であるだけで許してくれる存在などはない。

ダメだと思われたら、いとも簡単に捨てられる。

 

そんなことはないと思っていても、その不安はまったく拭えない。

 

 

 

いじめの話でよく「周りに言わなければ」という話が出る。

僕も直接暴力を振るわれたらしめたものだと思うし、そうすべきだと思う。

ただ一番しんどいのは「漠然とした不安」を外部から与えられた場合、

周りに助けを求めるのはとても大変なのだ。

 

「漠然とした不安を抱えた本人」が悪者になる可能性があるからだ。

 

そしてそれは悪いいじめの見本のように悪循環を生んでいく。

本人自身、自分が悪いと思ってしまうからだ。

 

実際、僕はその漠然とした不安を抱えた時に相談できる人などいなかった。

可能性なんて話じゃない、100%僕が悪くなるからだ。

 

 

友達と喧嘩した時に母親は友達を全面的に擁護した。

僕の言い分をせめて「気持ちは分かるけれど」と言う人などいなかった。

 

親戚の子どもたちとプールに行った時に、みんなが姿を消した。

それを探しに行った僕が勝手に消えたと悪人扱いされた。

 

同い年の又従兄弟と親戚のお姉さんの車で遊ばせてもらっていた時、

又従兄弟が車の一部を壊してしまった。祖母から僕が罰金を請求された。

 

 

僕を守るものなんて何一つなかった。

家庭があって、死なない程度のご飯があって、それだけで十分だろうけど。

 

それだけで十分だと思わないと生きられなかった。

圧倒的に力で不利なのに、どうして抵抗を求められているのだろう。

言うことを聞く以外に、諦める以外に、

どうして方法があったと言えるのだろう。

 

 

家庭に抵抗できない精神を育んでしまったことは僕の失態だと思う。

そこを「こいつはダメだった」と思われるのも仕方のないことかもしれない。

 


そんな空間に押しつぶされた僕が全面的に悪いのだけれど。
その空間で望まれてないもの、望まれているものを価値観として持ってしまっている。

望まれているものになれるなんて都合のいいことは起こらない。
ただ、邪魔な価値観だけがついてくる。
家庭で人を選ぶってそういうことなんだろうなと思う。


僕は僕が出来て、僕が楽しいと思うものは一切惨めなものとされている。
「好きにしろ」とはいうけど、支離滅裂なことも言われる。

隠しながら表現するのは難しいが、
最前線のAという仕事があった時に、
それのハイエナ的な仕事のBがあるとする。
僕はそのBをやっていて、それが楽しいと思っている。

しかし母親は「Bばかりやっていて全然Aをやらないから
この仕事が向いていないのだろう」と言う。

意味が分からなかった。
何故Bをやり続けることは叶わないのだろうか。

父親も「Bの経験はいいけどそれだけじゃなく〜」といった話し方をする。

何故、最上級にならないといけないのだろう。


実際Bをやること自体には大分寛大にしてくれているとは思う。
でも仕事としては微塵も認めてはくれない。

「なんでもいい」とはなんなのか。





まぁ、僕の失態はすべてそう。
「あなたがしっかりしていてくれないと」という祖母の呪縛に囚われていた。
周りも口々に言った。長子の僕の責任。



そんなのが一番どうでもよかったのだ。
家のことなんて考えずに。
彼らの望みなんて叶えずに。


どうでもいいどうでもいいどうでもいいと。


僕の今までを消し去りたい。
僕を形成したすべてを消し去りたい。

どうでもいいんだ。どうでもいい。




「自由にやってきたつもり」の人生なんて
「自由にやってきたと思われている」人生なんて

消えてなくなれ。


邪な思惑の責任なんて、もうどうでもいいんだ。
いなくなれ。